海洋空間佳本


妖櫻記1妖櫻記2 妖櫻記(上)」「妖櫻記(下)
★★★★☆
皆川博子
河出書房新社

2021.11.29 記
著者の皆川博子氏曰く、自発的に楽しんで書いた小説は「花闇」とこの作品だけ、という「妖櫻記」。
歪んだ想いを御しきれず持て余す阿麻丸、幼い花の香りに容易く惑い堕ちてゆく高僧、まさしくサイコパスと称すべき純真無垢な狂気に満ちた清玄、人間の原罪と業を凝縮し体現したかのような異形かつ異能の存在である百合王…、迸る想いを負託されたかの如く、確かに登場人物たちは作者の創意の手が届く範囲を飛び出して自由自在に動き回り、作中世界に何とも名状し難い粘性を与えている。
それがまた、戦国時代の幕開けたる応仁の乱に向かって混沌が深まりゆく当時の世相と良く合う。

水も漏らさぬ緻密な構成で以て組み上げられた作品では決してない。
しかし、氏の数々の作品を彩る要素となっているすべてのエンターテインメント性の原型がオンパレードで詰め込まれたかのような、まさしくフィクションの極致ともいうべき形に仕上げられており、あまりに書くのが楽しかったのか? ところどころ少し筆が暴れ過ぎてしまっている下りがあるようにも感じたが、時空の設定こそ違えど、後の「死の泉」、「薔薇密室」、「聖餐城」などといった傑作群の系譜に連なっていくであろう道筋が目に見えるようだ。
謎の桜姫蘇生事件以降の終盤は、なんだかふわふわして掴みどころのないロードムーヴィーを観ているような不思議な気分にもなった。

「死所を得たとき、初めて、生きたと言える。」
「『いのちが、形をとれば、現の世。形消えれば、無辺際の〈時〉に還る。そう、わたしは、知った』」





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