やっぱり面白い。
そして、皆川博子氏の作品にしてはとても読み易い。
難解な暗示を込めた幻想的な描写や、時空を行ったり来たりする複層的な技術をほぼ用いることなく、万人にとって非常に分かりやすい形で、そして若干のミステリーを味付けとして加えて、仕上げてある。
中世ヨーロッパに生きる登場人物にとって神の実在/非在が為す意味、そしてそこから派生する人間の心のありようといった、興味深いテーマも描かれている。
面白いんだが、少々物足りなさを感じることもまた事実。
少年十字軍という史実を土台としているのでやむを得ないところはあるが、「薔薇密室」に見られた、鮮烈な映像を伴うかのような文学性と縦横無尽に張り巡らされた謎が収斂していく緻密性が融合して昇華した何物かがあるわけではなく、「冬の旅人」の如く、まるで永遠に物語は継がれていくんじゃないかと思わせる悠遠かつ壮大な流転が紡がれているわけでもない。
ラストシーンの描写もまた、あっさりと終わったな、という印象を持った。
今年で御年83歳。
これほどのものを書かれるというだけでも敬服の極みだが、今一度彼女のすべての技量を詰め込んだ新しい大作を読んでみたい、という欲もある。 |