果たしてこれはまったい幻想小説なのか、それとも小説の内なる史実を忠実に描写しているのか…?
特に読み始めの頃は、その構造の複雑さに多くの読者は戸惑うことだろうと思う。
別々のものにしか見えなかった物語たちがページを追うごとに徐々に繋がり、絡み合っていき、あたかも、観察者にいくつもの異なる顔を見せる多面体プリズムのような壮大な流れが誕生する。
そして、幻視描写であろうと思われていた荒唐無稽な出来事たちが、見事に理屈に適った事実として整合していく。
“雰囲気だけ”の幻想小説に決して収まることなく、隅々まで巧緻に計算しつくされた魅力あふれるストーリーにちゃんと仕立て上げる皆川博子氏の超絶技術には、いつものことながら舌を巻く。
選び抜かれた美しい日本語の語彙で紡がれる世界がまず蠱惑的で、それに加えてそんじょそこらのミステリーなど太刀打ちできないほどの、娯楽小説としての面白みも備えている。
「薔薇密室」、「聖餐城」などと同様に、本の中の舞台に浸りきることがとても心地よい。
と同時に、第一次世界大戦と第二次世界大戦の間、1920〜30年代のドイツという国は一体どのような境遇にあったのか、という史実も物語から感得することができる。
最初の大戦に敗北し、不利な講和条約締結を経て、内戦、そしてナチスの台頭…。
退廃が蔓延る危うき状態ながらも、いろいろな可能性が花開く活況を呈した時代でもあった、ということがよく分かる。
蛇足ながら、瀬川裕司氏による文庫版の解説も素晴らしかった。 |