海洋空間ラテンの風


プロローグ 最後の晩餐   2006.4.6


「今まで、ようやってくれた! 本当にお疲れさまでした。と、いうことで乾杯!」

ここは、大阪市内の某居酒屋。
こぢんまりとした飲み会が始まった。
約3年もの間勤めていた出版社をいよいよ退職。
同じ部署のみんなが俺のために送別会を開いてくれたのだ。

開始間もなく、端の席から、直属の上司がビール瓶片手に近づいてくる。
上司といっても、まだ31歳で、26歳の俺とはさほど年の差もなく、
それ故、俺が最も慕っていた人物であった。

上司「短い間やったけどお疲れさま。まぁ飲みぃや〜」
俺「どうもすんません。いや〜今まで、迷惑かけっぱなしでしたわ〜」
上司「全然かまへんよ。で、おまえ辞めた後どうするん? どっか(就職)決まってんのか?」
俺「いや、決まってないっすよ」
上司「じゃ、どうすんの?」
俺「いや、海外放浪しようかな〜と思てますわ」
上司「…」

固まってしまった。
想像外の俺の発言に、ぐうの音も出ない、といったところだろうか。

海外放浪、それは昔からの俺の夢であった。
誰しもが旅に憧れを抱く思春期。
俺も例外ではなく、広い世界に興味を持った。
目の前に現れるのは、見たことも無い土地、空、人…。
うーん、考えれば考えるほどロマンチックだ。

そして、それを実現できるチャンスがついに到来。
多分、後にも先にもここしかないだろう。

場所は、ラテンアメリカ。
そこには、魅惑と情熱のサルサが待っている。
サルサとは、キューバを発祥とし、今ではラテンアメリカ全域で踊られている、
男女がペアになって踊るダンス。
俺がサルサと出会ったのは、大阪は長堀橋のサム&デイブというクラブ。
軽く飲みに立ち寄っただけだったのだが、
その日、たまたまそこで行われていたサルサの情熱的なパフォーマンスに、
完全に魅せられてしまった。
その後間もなく、仕事の合間を縫ってサルサ教室に通い、
どっぷりその世界に浸かることになった。

そんなサルサをテーマに、本場、ラテンアメリカを巡る。
それが俺の旅のプランなのだ。

その辺りを上司に説明すると、
上司「…まあ、殺されへんよう気いつけや〜」

う〜ん、まだ、分かったような分からんような様子だ。

その後も飲み会は続き、俺もみんなとの最後の夜を楽しんだ。

海外気をつけて、といった声もあり、帰ってきたらちゃんと働きや、といった声もあり、
別れを惜しむ声…は、あまり無かったが、それもまた良いじゃないか。

やがて、宴もたけなわに送別会は終了。
最後の別れを皆に告げると、いよいよ新しい世界の幕が開けた気がしてならなかった…。


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