海洋空間編集長雑記



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2004年4月分




2004年4月29日(木)
「あべし!」


一体何なんすかーーーっ!
あの巨人の阿部っつうヤツはーーーっ!
まるで初代ファミスタのばあすじゃないか。



2004年4月27日(火)
「F1レギュレーション変更のニュースに際して思う」


数日前とあるニュースサイトで見たんだが、
2008年シーズンからF1のレギュレーションがまた大きく変わるらしい。
曰く、エンジンが3リッターV10から2.4リッターV8に、
使用エンジン数が1レース1基から2レース1基に、
レース中のタイヤ交換が不可に(!)、セミ・オートマの禁止(!)などなどと書いてあった。
昨今の省エネ推進ムードを受けて、また経費節減を狙っての変更であろうことは
ここ数年の動きから推察しても容易に想像できる。
でも今シーズンのレギュレーション変更もそのような意図の下なされたはずだったが、
基準が厳しくなればなるほど開発コストを掛け、出来うる限りの最新技術の粋を結集して
従前のものを超える製品を生み出そうとするエンジニア魂までは
そのプランに入っていなかったようで、お上の意に反して
F1プロジェクトそのものにかかるお金はますます増えているらしいけど。

思えば20年近く前、久方ぶりに日本で行われるレギュラー・グランプリ、
鈴鹿GPが復活を果たした頃、中学生だったボクはモータースポーツ大好きで、
まさに毎年F1を観に晩秋は鈴鹿サーキットに足を運んでいた。
その頃といえばセナ全盛期の少し前、アラン・プロストやナイジェル・マンセル、
ネルソン・ピケといったドライヴァーたちが君臨しており、
車の方は当時は現在禁止されているターボ・エンジン真っ盛りで、
マクラーレンとウィリアムズにパワー・ユニットを供給していたホンダが唯我独尊、敵なし独り勝ち状態、
子供心に「日本の技術はスゲーんだなっ!」といつも感じていたことを記憶している。
そういえば二輪の世界もホンダ、ヤマハ両巨頭を始めトップ・エンジンは日本製だった。

中嶋悟がF1にデビューしアイルトン・セナとチームメートになった頃から日本での人気もうなぎ上り、
ゴールデン・タイムにフジテレビでレースが放送されることも当たり前だった当時と比べれば、
最近復活してきたとはいってもまだまだ盛り上がりに欠けると感じられるF1だが、
それに輪をかけるようにさらにルールによって可動幅を狭められるのかと思うと少し哀しい。

それでも毎年のようにコース・レコードが縮められているのは本当に驚異だな!



2004年4月25日(日)
「ある日曜日の正午に記す」


今日はおよそ2ヶ月ぶりの参加となる、久々の野球の試合を早朝からこなしてきた。
結果は1-3と惜敗、決して勝てない相手ではなかっただけに相当悔しく、
まだ陽も昇りきらぬ真っ青な晴天の下なのに、皆ガックリ。
ただ個人的には最近不振だった打撃が2打数2安打と、
快音響かせることができたのでそれだけは一人ほくそえむ。

ピューっと家に帰ると、何と何とまたも雑誌の懸賞の賞品が届いていたのであった。
「cada」という自動車雑誌から贈られたそれは、
アルファ・ロメオTIシリーズのロゴが入った真っ黒なスポーツタオルだった。
ありがたく使わせていただこう。
しかしホンマにああいうのって送れば当たるもんなんやなあ。
2月19日3月12日参照)




2004年4月24日(土)
「非常に惜しい!」


今やってる「マグナムドライ」というビール(発泡酒?)のCM、いい。
テレビに映っている松井秀喜のバッティングを
居酒屋のおっちゃんやらお茶の間の老夫婦やらどこそこの何某やらが皆、
固唾を飲んで見守っているという設定のヤツである。

力道山以来なんでないかいという(大げさか)国民総注目現象を
昨年より巻き起こしている松井秀喜の事情、
そして何よりも私の心情を正しく代弁してくれており、
共感という言葉では生温いほどの感情移入ができてしまう。

…と、上記のように想い昂ぶりつつ、初見の時にテレビに見入っていたのであるが、
ある瞬間突然その興奮に冷水を浴びせかけられた。
お口あんぐりでっせ。

なぜ打球の映像も本物を使わない!
それまでもせっかくCM用に撮影したものではなく、
リアルな実際の試合中の松井秀喜の映像を使っていたのに、
何で打った打球の画だけCGなの!
あそこで使う映像は別にきれいで見易いもんでなくってええのに!

前半何のためにリアリティーで押してきたんか分からん。



2004年4月18日(日)
「FOMAデビュー」


これまで使っていた携帯電話、SO504iがそろそろおかしくなりかけていたので、
昨日N900i、いわゆるFOMAに替えた。
しかし携帯電話を替えるといろいろとやることがあるのに加え、
このFOMAっちゅうのはホンマに機能が多すぎて、
チョイチョイといじってるだけですぐに2時間が過ぎてもうたがな。
いくら技術的にできるようになったからといって、
ここまで付けんでええやろ…、と正直思ってしまった。

今回は心機一転、メールアドレスはもちろん電話番号も変更してみた。
一部の方々には即時その旨連絡をさせていただいたが、
ボクのアドレス帳の中に入っている人々の中でも、まだお知らせできていない人は多い。
数日中に「TF編集長の電話つながらんぞ!番号変えたんか?」
という問い合わせが幾人かの元に訪れ、徐々に新ナンバーは浸透してゆくことだろう。

これで少なくともしばらくは、ボクから積極的に連絡を取ろうとしない向きからは
不意の電話攻撃がないなずだな、と思うともちろん多少はホッと休まるわけだが、
それと同時に得も言われぬ一抹のさびしさというか、空虚感というか、
それとも不安と称せばいいのだろうか、そんなような感覚もないことはない。
最近特に若い世代、ティーンエイジャーたちを分析、表現するような時に
よく引き合いに出される見方の一つだが、携帯電話こそが外部との唯一、
もしくはそれに近い絶対優先的な連絡手段であり、
“つながり”を感じられる存在であるということ。
もちろんすでに若くない世代のボクにとって、
携帯電話はそれほど頼りがいのある物体でもないが、それでもいざ今回のように番号を変え、
それをまだ一部の知り合いにしか伝達できていないという状況は、
心細さを感じさせるに足るケースであった。
“つながり”が少しだけ切れてしまった、という漠然とした動揺。
どうでもいい電話が減るのは歓迎だけど、もし大事な連絡を受け損ねていたらどうしよう?

これも時代の病か。



2004年4月16日(金)
「買ってもいいだろ!プロ野球チップス」


私が小学生当時、20年ほど前だろうか、大流行した「プロ野球チップス」というお菓子があった。
その名の通り単なるポテトチップスなのだが、おまけとして“プロ野球カード”という、
プロ野球選手一人をフィーチュアした今で言うトレカのようなものがついていたのだ。
男というのはしょうもないものを集める性癖がある。
「キン肉マン消しゴム」同様、大いに流行ったものだった。
ちなみに「ビックリマンチョコ」が世間を賑わしたのはその後のことである。

それはいいんだが、その「プロ野球チップス」が“2004”という冠をつけ、
現代に甦っているではないか、ということに一週間ほど前に気付いたオレは、
すでに4枚ほど、“プロ野球カード”を地道に収集、今日も一袋買って帰ろうかねえ、
と嬉々として会社の向かいにあるセブンイレブンに入っていったのである。

ニコニコしながら「プロ野球チップス」が置いてあるところまでいくと、
会社員風の男女2人組がちょうどその売り場の前に立っていた。
そして女の方が、何ということか「プロ野球チップス」を指差し、
連れの男に向かってこう言い放つではないか。
「あー、これまた売ってんだよねえ、ウチの弟なんかバカみたいに未だに買ってるよ」
…!
んなもんほっとけっちゅーねん!
それともオレがバカって分かったのか?

いくらバカでもさすがにその瞬間、コンビニに入るまで保っていた勢いを思いっきり殺がれたオレ、
そいつらが店を出て行くまで「プロ野球チップス」を手に取ることが出来ず、
興味のない商品の陳列棚の辺りを死んだ魚のような目をして彷徨するしかなかったのである。

何にも悪いことしてないんだけど。



2004年4月12日(月)
「つかの間の休息」


3日前の本欄にてつらつらと寂寥の想いを綴ったわけだが、
やはりこんなことではいけないと不意に使命感に襲われ、
急遽牛頭大王一家にホットラインを結び、11日(日)の午前中、限られたひと時ではあるが、
葉桜花見の催行を企画したのであった。

而して見事な晴天の空の下、ほんの2時間とはいえ大阪城公園にて泡沫の宴会を楽しんだ後、
まさにこの世の地獄というべき会社に一人旅立ったボク、
地獄界では例のイラク人質事件に文字通りブン回されて狂乱寸前になりながら業務を何とかこなし、
つい今しがた疲労困憊の末32時間ぶりに自宅に帰還したところなのである。

また数時間もせぬうちに再び生き地獄へと舞い戻らねばならぬこの身なれど、
昨日のささやかな宴はやはり人間の生活に必要な息抜きであったな、
と何気なく感じられる、思考能力も集中力も著しく衰えた現時点の我が脳であった。



2004年4月9日(金)
「寂寥感、そして焦燥感」


ボクが通勤の時乗っているJRの車内から、それはそれは見事な桜並木が見えるところが2ヶ所ほどある。
ここ最近天気も良く、そこを通りがかるたび、
それほど草木花に興味を抱かないボクすらも「きれいだなあ」と感じてしまうように
日本人というものは本当に桜の花が好きなんだな、と思い新たにしているわけだが、
この春は花見などと呼べるものはまったくできぬままに
車窓から眺め得る桜たちはもはや葉桜となってしまったのである。
非常に寂しいではないか…。

こうして限りある時間の流れをバンバンと叩き売っている今の自分は、
果たして幸せといえるのだろうか?



2004年4月4日(日)
「仕事じゃなくても疲れるね」

昨日の土曜日、残念ながら完全な休日とはいかなかったが、午後まで仕事をした後、
夕方から時間を作って新居の内覧会とやらに出向いた。

活字を読んでいる時も誤字・脱字の類を見つけるのが好きで、
人のアラ探しも得意という、神経質で性格の悪いボクだが、
そんなボクもマンションの内覧会というものがここまで疲れ果てるものとはついぞ知らなかった!
部屋の隅から隅まで眺め回して、
クロスや床の汚れ、傷や気になるところをチェック、指摘していくその作業。
メチャメチャしんどいね。
かといって私財を数千万もブッ込んで買うものなので、
見つけた以上「ま、いっか」とは当然し難いところがあるし。
ウチの場合は妻・ユカリンが元住宅メーカー社員ということもあって、
かなりおんぶにだっこはさせてもらったけど、その分チェックするポイントもやっぱり細かいので、
他の購入者たちよりも時間は掛かったみたい。

今日はいつも使うものとは違う種類の神経が参ったようで、
またここ数ヶ月の疲労も溜まっているということもあってか、
帰って風呂に入っていたらガクリと意識を失ってしまっていた。
う〜、頭が痛いよ〜…。



2004年4月1日(木)
「本日担当初オンエア終了」

この春から始まった新番組のボクがメインで担当する分の放送が今日、
無事に(かなぁ…?)終了した。
生放送。
果たして今日が何曜日なのか、今が何時でここはどこでオレは何をしているのか、
それすらも分からないような前後不覚の酩酊状態、
まさに地に足付かぬ状態に陥ったのは久々だ…。
浮き足立つという表現が実にピッタリ。

でも健康と時間を売りつつ、そして文字通り
命を削りながら仕事をしてる今の状態が続いたらマジで昇天するよ!
モノを創ってるという実感は確かにあるけれども…。





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