森見登美彦氏の最高傑作といえば、「有頂天家族」シリーズだと私は思っているが、この「夜行」はまたそれとは趣をまったく異にする、氏の新境地とも呼べるもう一方の最高傑作なのではないだろうか。
世界を支配する夜と、一度だけの朝。
そしてそれとは表裏逆の、もう一つの世界。
作中を貫徹するムードは一級のホラー小説のようだ。
まだ言葉や具現化した思考で自分の感覚を正確に表現できない幼い頃に、誰もが感じたであろう得も言われぬ形のない不安や漠然とした底知れぬ恐怖のようなものを、非常に上手く物語として昇華し、文章に落とし込んでいる。
自分はなぜ生きているのか? この後どこに行くのか? そもそも今見ている、聞いている、感じているこの世界って?
京都の鞍馬を起点に、国内の各地を舞台としてストーリーは紡がれていくわけだが、それらの場所の選定や夜行列車というギミックが醸し出す旅情感もまた実に巧み。
実際に自分も列車に乗って闇の世界を旅し、岸田道生の銅版画をこの目で見ているような気になる。
一般的なミステリーやエンターテインメントのように、スッキリ物事が分かりやすく解決して幕を閉じるような類の作品ではないが、読後に残る不条理具合もちょうどいい塩梅というか。
私事だが、毎年10月22日には時代祭ではなく鞍馬の火祭りに行っていたクチなので、そこからまずは嬉しかったし。
もちろん、プロットや着想の巧さだけでなく、それを適切な形できちんと小説化する著者のリズム感の良さという凄みも、改めて感じた。
ただ一点、これは校正時の見逃しだろうが、プロローグ部分で本来なら「津軽」と表記すべき箇所を「青森」としているところがあるのが気になってしまった。 |