樺太を主な舞台に、大きな時の流れに翻弄されながら懸命にあがく人たちを描く…ちょうど今作の1年前に直木賞を受賞した真藤順丈氏の「宝島」と、北と南でまるで対をなすようではないか、とまず感じた。
イペカラの「ハイタクル」という呪詛の言葉が、ヤマコの「ユクシ」という諦観を含む呟きと重なったのは私だけであろうか?
恥ずかしながら私はこれまでピウスツキ兄弟や山辺安之助のことを知らず、登場人物紹介欄に金田一京助の名があったことに「ん」と思いはしたものの、物語後半、二葉亭四迷や大隈重信が出てくるあたりでようやく、史実を基にしていることに気付いたわけだが、そうでありながら壮大なエンターテインメントとしても充分過ぎるほど成立しており、その手練れぶりに舌を巻く。
戦争という奔流に振り回され、自分が生まれ育った土地がころころと帰属先を変えていき、まったく望まざるうちにその影響に巻き込まれていく…。
民族の、人間のアイデンティティというものは、サイドAとBにきれいに分かれるものなどではないのだ決して、という主題を、著者は形態や角度を変え繰り返し、混沌とした20世紀初頭の北方に生きる人々の暮らしを通じて描き切った。
歴史的には一大イヴェントであるはずのロシア革命があっさりと消化されているのも、焦点はそこではないという表現の選択肢として腹に落ちた。
あるロシア人女性兵士の視点で包んで閉じた入れ子構造も、手法としては珍しくないが、とても効果的に作動して、本を閉じる頃には深く静かな感動が心に満ちる。 |