海洋空間インドネシア旅行記



第3日
2005年5月17日(水)
     2006.2.9 公開

夜中に何回か目覚める。
あとから聞いたら妻もそうだったらしい。
5:45に起きて、6:00、朝食をとりにレストランへ。
ここ、プリ・バグース・コモドでの基本的な朝食メニューは、トースト卵料理
パンがアツアツで美味い。

トーストと卵料理の朝食
朝食の一コマ

この日は朝から今回の旅のメイン・イヴェント、
コモドオオトカゲを観にコモド島(船で片道3〜4時間の道程)に向かう予定なので、
朝食後、部屋に戻って速やかに身支度を整える。

お迎えは7:00の約束だったんだけど、
6:45ぐらいにはもう従業員のトニー
「ガイドのメウスが来ている」といって部屋まで呼びに来た。
なぬ、とやや驚き、そそくさとロビーに向かう。
遅れることはあってもまさか“巻き”はないだろう、と思い込んでいたが、
こりゃ東南アジア列国人たちの時間管理に対する僕の既成概念を
根底から改める必要があるのかな?

ガイドのメウスと再会。
ちょうどこの時間帯は引き潮だったようで、我々の乗る大型船(といっても乗組員4人、
客席キャビンもない小さな船なので、あくまでもボートに比べれば、という話)は
超ロング桟橋にも着けることができず、一旦小型のボートに乗り込み、
それを経由して相対的大型船に乗り移る、という方策を採る。
この時乗った小型ボートはダイヴィング・ボートで、
おそらくアルミ製と思しき新しめのエアー・タンクがズラリと並べられ、
そして昨晩レスランで一緒になったプリ・コモドにおける我々以外の唯一のゲストである
アメリカ人青年が準備万端、乗り込んでいた。
少しの間だったけど彼と話をした。
サンディエゴから来ているそうで、ここを発った後はシンガポールに行くのだそう。
かなり筋金入りダイヴァーのようであった。

さて、無事にコモド島行きチャーター・ボートに乗船した我々は総員7名
先述したようにクルーは4人
まずは口ヒゲをたくわえ、上半身裸の肩のあたりに大きなタトゥーが彫られた、
30歳代らしきキャプテン
そして同じく口ヒゲ、髪形は天然リーゼントのおそらく副キャプテン
(ほとんどの場合キャプテンが舵を取っていたが、彼だけが時々舵を任されていた)。
年の頃はキャプテンと同じか少し下の30歳前後だろうか。
続いてこちらはグッと若く、20歳代前半ぐらいかなあ、という少年乗組員
島に上陸する際なんかに、
ロープを持ってドボンと海に飛び込んだり体を張るのは彼の役目っぽかった。
最後になぜかおじいちゃん
髪はまばらな総白髪で、どう見ても50歳は大きく超えているはず。
やせた体に鞭打って頑張っていた。
余談ながらこのおじいちゃんは主に“帆”を縄張りとしているようで、
自分が張った帆を他のクルーが解いたり向きを変えたりしていたら、
とても哀しそうな顔をしていた。
そしてガイドのメウスと僕たち2人で、合計7人
はっきり言って船乗りたちの風貌は、
少し前に話題になったマラッカ海峡の海賊たちと何ら変わるところがない。

船の舳先に座るおじいちゃんの後ろ姿越しに
船の舳先あたりに陣取っているおじいちゃんの後ろ姿

ラブアンバンジョーからコモド島までは地図で見たところ、
目測でおよそ50〜60kmほど、「これで3時間や4時間も掛かるもんなのか…?」と
出発前から実はいささか訝しんでいたんだが、乗ってみてよく分かった、
船がとても遅い。
いわゆるモーターボートやクルーザーのイメージを
なんとなく思い描いていた僕の認識がまったく甘かったようで、
まさに漁船、といったカンジの船。
速度の割には意外とけたたましいエンジン音を響かせながら、
快晴の空の下、青い青い海の上を船は果てしなく呑気に航海を続ける。

ひたすらのんびりの船旅
長い長い航海が始まった(大げさ?)

インドネシアには確か4000ほどの島があるそうで、
なるほど、特にこのあたりの海域にはとても島が多く見える。
日本の瀬戸内海にも名も知らぬような小島が無数に存在しているが、
それをややスケールアップさせたようなカンジだ。
目的地であるコモド島
そして明日訪れる予定のリンチャ島はその中でもかなり大きな島なので、
必ずどこかに見えてはいるはずなんだが、
もう我々にはどれがどれなんだかさっぱり分からない。
道中、おしゃべり好きのガイドのメウスが、それらの島々にまつわるいろいろな知識や、
コモドドラゴンの生態などについてよく話してくれていた。

途中、クルーに声を掛けられ、彼らが指差す方を見ると
何だか遠くの方で瀑布のような大きな水しぶきが舞い上がっている。
クジラの潮吹きだ!
おそらく1kmほど離れていたんじゃないかと思うが、
数分間に渡ってドーンドーンと何度も吹き上げてショータイムを供してくれていた。

遠くに見えたクジラの潮吹きに興奮
遠くに見えたクジラの潮吹きに興奮!

11:00頃、長い長い4時間にも及ぶ航海を9割方終え、
さあそろそろコモド島に上陸か、と思っていた矢先に、
僕たちの乗った船が別の一隻の船と洋上でコンタクト
ガイドのメウスと向こうの船の乗組員が話し合って、
若干のハプニング的な予定変更に見舞われる。
当初の予定では、
コモド島でコモドオオトカゲ観察→昼食→スクーバ・ダイヴィング×2
となっていたのだが、この時の交渉により、
スクーバ・ダイヴィング×1→昼食→コモド島でコモドオトカゲ観察→
スクーバ・ダイヴィング×1

とした方が何かと都合がよろしい、という結論に至ったようで、
それでどうだ? とメウスに問われた。
この時点で、交渉していた相手の船が僕たちがダイヴィングをする船だ、
ということが分かり、
またガイドのメウスが話していた相手はどうやらダイヴィングのガイドらしい、
ということが見当がついた。

あまりにも急な、心の準備も何もない段階での提案だったので、
「いや、できたら最初の予定通りがいい」と答えたんだけど、
何だかメウスダイヴァーも少しガッカリしていたカンジだったし、
待ち時間やら何やら無駄な時間が増えるのも嫌だったので、
「でもそっちの方が都合がいいなら言う通りにする」と告げ直す。

ということでいきなりで少し慌てたのは事実だが、
急いでダイヴィングの用意を済ませ、向こうの船に荷物を持って乗り移る。
ガイドしてくれるダイヴァーは、年齢はおそらく40絡み、若干禿げて背は高くなく、
少し腹が出ているというなかなかに典型的なオヤジ・インドネシアン。
称号はどうやらダイヴ・マスターであるようだ。
彼の他に、助手らしき若者たちが数人乗っている。

海外でのダイヴィングにおいてはしばしば、
日本で行う時とはいろいろな面で勝手が違うことがある、
ということを噂では聞いていた。
たとえば、Cカードやログをいちいち確認しないだとか、
事前のブリーフィングも甚だ簡素であるとか、
水中で「エアー少なし」と伝えても「じゃあ勝手に上がってて」と返されるとか、
つまりは手取り足取り至れり尽くせりではない、と。
この時も、そこまで恐ろしい状態ではなかったが、
確かに日本のような細々とした確認はほとんどなかった。
ただ最初に、「いつ講習を終えた?」と訊かれ、妻は10年ほど前になるのだが、
僕が「2週間前!」と答えたら、さすがにビックリして苦笑していた。

自前の器材はマスク&スノーケルとグローヴしか持参していなかったので、
あとはレンタル。
僕は講習はすべてドライスーツを着て行っていたので、ウェットスーツ初体験。
ウェットは着たことあるけどドライはない、という人なら少なからずいると思うが、
それとは反対の珍しいパターン。
用意されていたスーツとブーツ、サイズはバッチリだったけど、結構ボロかった。
BCDはデカい。
ブカブカだ。
ちなみにタンクやBCD、レギュレーターのセッティングはすべて準備万端、
手下たちの手によって整えられていた。

ダイヴィング・ボート上で準備
ダイヴィング・ボートに移って準備

未だ心の準備もできたかどうかよく分からないうちに物理的な準備は完了してしまい、
1本目のダイヴに臨む。
ポイント名は、“Red Beach”とのこと。
このために購入した、水中ハウジングに固められたデジカメも忘れずに持って。

船を結んでいるロープに沿って潜行、妻は少し遅れており、
ガイドはそちらをフォローしているようなので、少しの間海底で待つ。
水深は12mほど、期待していた透明度はまったくの期待外れ、8mぐらいしかない。
風は少しあったけど天候も良く、ここ数日雨も降っていないみたいなので、
おそらく海流、潮汐その他いろいろな理由によるのだろうが、誠に残念。
後日、現地で購入したダイヴィングについての書籍で確認してみると、
この海域の透明度は日によってかなり幅があり、
その範囲は5m〜30mと書かれていた。
かなり運は悪かったみたいだ、8mということは。
水温は暖かく、3mmのウェットスーツに頭むき出しだったけど寒くはなかった。

やや間があって、ガイドと妻が海底に到着。
あとで聞いたんだけど、
妻は水面近くでマスクが外れるというアクシデントに見舞われており、
それで遅れていたらしい。
でもこの時はガイド・ダイヴァーがしっかりそばでフォローしてくれていたらしい。
その点についてはアバウトではなくしっかりしたガイドでよかった。

この異国の地で、
言葉も通じない初対面の外国人ダイヴ・マスターに連れられ潜っているという状況
(しかも僕がCカードを取ったのはわずか2週間前!)において、
ガイドの出す「OK」を示す水中サイン一つにあれほど安心感を覚えるというのは
とても新鮮な発見であった。
PADIに栄光あれ!

これも噂には聞いていたが、コモド海域の流れは噂に違わず相当速かった
大げさじゃなく、流れるプール並みに速い。
体の小さい妻は、
ガイドの持つカレント・フックにつかまって引っ張ってもらってラクチンそうだ。
ちょっと、俺の方が初心者なのに!

前を行く妻(左)とガイド(右) 透明度は低い
ダイヴ・マスター(右)に引っ張られて前を行く妻(左)
透明度は低かった

これはいわゆるドリフト・ダイヴィングというやつなのだろうか、
前半は流れに乗ってスイスイと進み、ある程度行ったところで折り返し、
帰りはヒーコラいいながら懸命に泳いで船に帰っていくというダイヴだった。
繰り返すようだが透明度が低かったので、
期待していた大物はまったく見られなかったが、途中、
凶悪そうな面構えをした大きなウツボや、
40cmほどはありそうなかわいらしいハコフグを見た時は少し感激した。
あとは、巨大なテーブルを始めとする、
よく発達して美しいサンゴの威容もとても印象的だった。
でもやっぱしアレだな、
ある程度深いところでそこそこ距離のある対象物をちゃんと撮影しようと思ったら、
コンパクト・デジカメじゃなくて外部ストロボ付きの一眼レフじゃないと辛い。
…ってまだそんなこと言ってる段階じゃないんですが、ダイヴァーとしては!

ちょっと見にくいけどウツボ
大きなハコフグ
テーブルサンゴも大きかった
上からウツボ、ハコフグ、テーブルサンゴ

死ぬこともなく無事に1本目のダイヴ終了、一旦ダイヴィング・ボートに別れを告げ、
停船して待っていた僕らの船に戻る。
このあとはいよいよコモド島上陸作戦、船は彼の地に向けて再び滑り出す。
その移動の間に、操舵室の後ろ、船の最後部に設置されている小さなキッチンで、
ガイドのメウスが料理に取り掛かる。
どんな昼飯が出来上がってくるのか、とても楽しみじゃないか。


ついに辿り着いたコモド島の船着場
長い船旅の末、ついに見えたコモド島の船着場

ほどなくして船はコモド島の船着場についに到着。
ここがコモド国立公園の入り口か。
何とも言えない感慨がある。
同じ頃にメウス手製の昼食も完成しつつあり、コモドドラゴンを目前に心もはやるが、
上陸の前にまずは船上ランチだ。


ガイドのメウスが作った船上ランチ
ガイドのメウスが船の上で作ったランチ

メニューはバラクーダ(カマス)の甘酢煮と、
麺を細かく切って炒めた、野菜入りの焼きそば、それにライス
はっきり言って、見た目もかなり美味そうだったし、実際相当美味かった。
胴の直径10cmはあるかという大きなバラクーダの豪快な切り身は、
しっかり火が通っているのにまったく煮崩れしていなくて歯ごたえもバッチリ、
まるで獣の肉を食べているかのよう。
甘酢のタレも日本の中華料理店で供されても全然おかしくないほど僕たちの口に合う。
焼きそばの方も、チンゲンサイらしき青菜がよく合い、
塩を中心としたシンプルな味付けがバラクーダと対照的でまた好バランス。
ここのツアー・ガイドは料理も達者じゃないとダメなんだな!
恐れ入った。

腹ごしらえも済んだところでいざコモド島に上陸する。
ここも船着場が浅瀬のため僕たちの乗った船は直接乗りつけることができず、
船に備え付けの小さな2人乗りのカヌーに乗り換えての上陸となった。
乱暴に乗り降りしたり、船上でバランスを上手く取らないと
すぐに浸水してしまう喫水の浅さがとってもスリリング。

2人乗りの小さなカヌーで上陸
2人乗りの小さなカヌーで上陸
バランスを崩すと海にポチャリ

コモド国立公園入り口の看板
ここが玄関口、コモド国立公園の入り口看板

国立公園に入場する手続きを事務所でガイドのメウスが代行してくれているうちに、
僕たちはここコモド島を案内してくれるレンジャーと合流し、
彼の先導でさっそくドラゴンを求めてトレッキングを始める。
時刻はまさに陽が一番高いところにある昼の日中、メチャメチャ暑い。
この日差しはちょっと日本ではお目に掛かることはできない。
コモドドラゴンは言うまでもなく変温動物である爬虫類に属するので、
朝と夕暮れには餌を求めて活発に動き回るが、
暑い日中は日陰でジッと休んでいる、という予備知識を仕入れていたので、
こりゃ運が悪ければその姿を拝むことすらもできないんじゃないか、
と少し危ぶんでいたのだが、果たして。

意に反して、拍子抜けするほどにあっけなく、
すぐに1頭のコモドオオトカゲが見つかった。

小屋の軒下で休んでいたコモドドラゴンと初邂逅
顔のアップ
初めて眼前で見たコモドオオトカゲ
こいつに会いにインドネシアの奥地までやってきた

冷静に考えると、
我々の到着に先立ってすでにレンジャーがドラゴンのいる位置を確認しており、
そこに真っ直ぐ連れて行った、ということなのだろう。
まだ事務所からもそうは離れていない、
とある小屋の軒下でぐでーんとだるそうに横たわっている巨大な1頭。
かなりデカい個体だこれは、たぶん。
目測で頭の先から尻尾の先までの全長はおよそ2.5mほどか。
体重はレンジャーに尋ねてみたら、おそらく80〜90kgぐらいだろうとのこと。
一応そばにレンジャーがずっと張り付いてはいるが、
かなりの至近距離まで易々と接近することを許された。
どころか寝ているドラゴンの後ろに回って、
鎧のように硬質なその地肌にまで触れることができ、
もうこの頃には興奮のあまり滝のように流れ落ちる汗が一向に止まらない。

一応レンジャーの監視の下、恐る恐る表皮に触れる
一応レンジャーの監視の下、寝ているドラゴンの表皮に触ってさらに興奮は高まる

人間でも歩くのが億劫になる灼熱のコモド島、
せっかく日陰で休んでいる巨大なドラゴンがそうそう歩くわけがない。
そこでレンジャーのサーヴィス(?)の出番となる。
レンジャーはガイド・トレッキングの際、
先が二股に分かれたさすまた状の木の棒を持っているのだが
(もっとも実際に何かの拍子にドラゴンが襲い掛かってきたら
果たしてそんなもので身が守れるのかどうか、甚だ疑問ではあるのだが…)、
何ということか、その棒で休息中のドラゴンをエイエイと力任せに突付き回して
歩かせるように仕向けるのである。
ツアラーはジッと動かないコモドオオトカゲばかりではなくて、
二股の舌をシャーッシャーッと出しながら、
4本の足で大地を闊歩する姿を見たがっているのだ、ということをよく心得ているようだ。


レンジャーにつつかれ重い腰を上げて炎天下をゆっくり歩くコモドドラゴン
先が二股に分かれた舌を出し入れしながら
レンジャーにつつかれてイヤイヤ炎天下を歩き始めたコモドオオトカゲ

果たして、ドラゴンはレンジャー棒で思いっきり突っ付き回され
いかにもウンザリといったカンジで重い(本当に重そうな)腰を上げて移動を始めた。
鋭い呼吸の擦過音を立てながら爬虫類特有の長い舌を出し入れする様、
そしてその状態でノッシノッシと巨躯を持ち上げて歩く様はまさにド迫力の一言。
こりゃすごいや。

その後、宿泊用ロッジのそばでもう1頭を発見、
こちらも先ほどのものと同じくらい大きかった。
さらに、ロッジの床下の梁に無造作に掛けられている、
大きなドラゴンの皮も見せてもらう。
あんなに大きな体だから僕にはあまりリアルなその実感はないんだけど、
やっぱり爬虫類だから脱皮も普通に行うのだろう。

ようやく事務所で諸手続きを代行していたガイドのメウスも我々に追い付き合流、
4人でトレッキングを続ける。
美しい海が一望できる小高い丘に登り、そこで絶景を楽しみながら少しの間休憩。

コモド島の高所から
トレッキングの末、高所から一望

さらには休息しつつ、即席の日本語会話講座も開かれ、
ガイドのメウスにいくつかの単語や文章をレクチャー。
一般的に我々のような旅行者を相手にするツアー・ガイドたちは
外国語に対して高い関心持っているものだが、メウスも例外ではなく、
事あるごとに僕たちに「これは日本語で何と言う?」と訊いてくるのだ。
そしてそれを覚えるのがまた早い。

言葉ついでに記しておくと、
インドネシア人の使う英語にはLとRの発音の区別はないようで、
しかもRについてもなかなか独特の読み方をする。
yesterdayはイェスタデイじゃなくてイェスタルデイ、snorkelもスノルケル、と、
思いっきり舌を巻いて“ル”と発音していた。
他に気になったのは、lunchをランチじゃなくて、ランス、と言っていたこと。
最初のうちはランス→lunchになかなか結びつかなかった。

結局見ることのできたドラゴンは2頭のみだったけれど、
いずれも大きくて迫力充分だったし、
明日はリンチャ島にも行くのでまったく問題はなく、不満もない。
船着場へ戻る途中、イボイノシシの親子連れを見た。
あいつらもいずれオオトカゲの胃に収まるのだろうか?

さあ、この後はスクーバ・ダイヴィング2本目だ、コモド島を後にして、
午前と同じダイヴィング・ボートに再び乗り移る。
船上には朝にはいなかった白人男性ゲストが2名。
ドイツ人とオーストラリア人のおっちゃんたちで、
それぞれが単独でこの地を訪れたダイヴァーらしいが、
今晩ここでナイト・ダイヴィングをするとのこと。
ナイト・ダイヴ、いつかはやってみたいなあ。

再びダイヴィング・ボートに乗り移って2本目に臨む
先ほどと同じボートに乗り移って2本目のダイヴに臨む

早朝6:00前に起き、小さな船に4時間揺られ、ダイヴを1本終えた後、
炎天下でドラゴン求めてトレッキング、という今日これまでの行程、
さすがに肉体面の疲労は否めないが、ことダイヴィングに関しては、
1本目よりも精神的な余裕が大分出てきたように感じられる。
妻も1本目は初っ端のトラブルでかなり焦ったらしいが、
2本目に臨む時には大分落ち着いていた。

ポイントは1本目と同じRed Beach
いざ海中に潜ってみると、心なしか1本目よりもさらに流れがきつくなったように感じる。
もう必死で泳ぐ。
忘れずに写真も必死に撮る。

アケボノチョウチョウウオかな?
アケボノチョウチョウウオかな?

透明度は相変わらず低く、8mほど
水深は大体10〜12mほどをキープしていたと思うが、
ところどころ地形が崖のよう、いわゆるドロップ・オフになっており、
下の方を覗くと真っ黒な闇に飲み込まれていきそうで神秘的ですらある。
そんな時に巨大な一つの魚影を発見!

多分カンムリブダイ
カンムリブダイと思われる大きな魚影

おそらくは70〜80cmほどの大きさだったと思われるその魚は、
どうやらカンムリブダイだったようだ、後で写真と図鑑を参照すると。
ダイヴを終えてボートに上がった妻が、
例の白人おっちゃんたちに「ナポレオンフィッシュを見た!」と
思わず言ってしまったように、それとよく似た姿形をしていた。
さらに後で聞くと、その大きなカンムリブダイは都合3尾いたらしく、
ガイド・ダイヴァーと彼に教えられた妻は3尾とも見たようだが、
少し離れていた僕は出遅れて1尾しか目にできなかったというわけ。
でもあまりに目と心を奪われ過ぎて、
ドロップ・オフに沿ってゆっくりと深みへ潜行していくカンムリブダイを追うあまり、
危うくはぐれかけたことは秘密である。

2本目も何とか命を失わずに生還することができ、船上で甚だ簡単なログ書きを行う。
当地ではどうもログ書きという習慣もないようで、
署名とかポイント名とかいちいちここに書いて、
ダイヴ・マスターにお願いしながらの作業となった。
しかし10年前にCカードを取った妻はともかく、
講習を終えて初めてのダイヴィングが
日本人インストラクターもいないインドネシアのコモドという秘境、という僕の経験は、
客観的に見ると極めて無謀かつ特異なものだったのだろう!
まさに命からがら?

このダイヴィングを終えた時、いや、あるいは潜っている時から感じていたことがある。
それは、人間の体というものはいかに脆弱で、
人間の存在そのものがいかに矮小なのか、ということ。

言うまでもないことだが、人間は水中では呼吸することができない。
海の中の世界をほんのわずかでも楽しもうと思うなら、
様々な技術を取り入れた複雑でたいそうなギア類をゴテゴテと多数身に付け、
ふんだんに準備と学習と訓練をしてからでないと数分間の潜水すら行うことができない。
それも、たとえそれらの事前準備をことごとく済ませた上で、
いかに熟練のダイヴァーになろうとも、潜ることができるのはほんの数十メートル、
たかだか数十分間。
世界最深とされるマリアナ海溝は別としたって、
普通に我々の食卓に日々上っている身近な魚介類が生息している大陸棚でも
水深は軽く200mに達するというのに、
人間はすさまじいばかりの重器材をたくさん身にまとった上で、
何十メートルかそこら潜っては死ぬや生きるやの大騒ぎ。
誇張じゃなく大自然の中において、
人の肉体なんてものは吹けば飛ぶ塵芥一つですら、たりえない。

何百本、何千本と海に潜っているヴェテラン・ダイヴァーたちは皆一様に口をそろえて、
「何百本潜ったところで海のことなんか全然分からない。
逆に、潜れば潜るほど分からないことだらけ」と言う。
僕もそれを聞きながら、そんなもんなのかなあ、
なんて漠然と思考を巡らせていただけだったが、
このコモドでのダイヴィング、講習を終えて初めて潜った外洋での体験の後、
そんな彼らの言葉が具体的なイメージを伴ってとてもよく理解できたような気がした。
僕はまだ10本も海に潜ってはいないけれど、
この先どれだけダイヴィング経験を重ねようが、
永遠に海のことはこれっぽっちも分からないだろうと確信できる。
己の存在の卑小さを事あるごとに痛感することはあったとしても。

ログ書きも終わってダイヴィング・ボートに別れを告げ、僕たちの船に戻る。
実は、2本目のダイヴィングを始める前、
コモドドラゴン見学を終えてコモド島を離れたあたりから、
一隻の小さなカタパルト船、というと聞こえはよいが、
要するに船体の両脇に転覆防止の浮き木をくくりつけただけの粗末なイカダが
ずっと僕たちの乗った船についてきていた。
イカダに乗っているのはまだローティーンと思しき年端もゆかぬ2人の少年
目的は物売り、
コモドオオトカゲの木彫り細工を観光客に売るのが彼らの仕事なのである。

彼らは僕たちがダイヴィングを終えて戻ってくるまで1時間以上
辛抱強くずっと待っていた。
ちょっと池や川の柵を乗り越えて遊ぼうものなら、
いろんな方面からいろんな意味と感情を込めて叱られ、
そして手厚く保護されるであろう日本の小中学生と同年代の少年たちがたった2人で、
日没も迫った刻限に遥か沖合いまでイカダを漕いで土産物を売りに来ている。
生きるために。
1つRp.25000で買い求める。
日本円にして350円ほどか。
まったく惜しくはない。


水平線に落ちてゆく陽を船上から
さあ、今からバトゥゴソックに帰るのだ

さて、これで予定されていたイヴェントもすべて消化し、
あとはバトゥゴソックプリ・バグース・コモドに戻るだけなのだが、
往きが4時間掛かったということは、帰りも当然同じだけ掛かるということ。
陽がすっかり落ちきって月明かりの下、
真っ黒な海の上を突き進んでいく船の長旅もまた乙なものだ、と言いたいところだが、
あいにくそんな風流に浸っているような状況ではなく、
風が強かったので船上はものすごく寒く、そして疲労で眠かった。
小さいからそれなりに揺れるし、エンジン音はうるさいしディーゼル・エンジンは臭いしと、
テンションの上がっている往路はともかくも、復路はやっぱしグッタリだ。
決して乗り物に強いとは言えない僕も妻も、
往復8時間乗って酔わなかったことは救いだったが。

ただ、満点の星空は筆舌に尽くしがたいほどにきらびやかであった。
あいにく僕は星座や天体には詳しくないのでどれが何なのかはよく分からなかったが、
あれを見て星と星を線分で結び、
生き物や物の形になぞらえた遥か悠久の先人たちの想いは何となく共感できた。

20:30、ようやくバトゥゴソックに到着した。
すっかり夕食も遅くなってしまった、ホテルのみんなには申し訳ないね。
ガイドのメウスたちとはまた明日。
出迎えてくれたホテルの従業員、トニーと少し話していたら、
彼は何と泳げないのだという。
へえー、こんなところで生まれ育っても泳げないなんてことあるんだなあー、
と妻と2人驚く。

夕飯の準備に1時間ほどかかるそうなので、その間に部屋でシャワーを済ませる。
水シャワーにも大分慣れた?

21:45、レストランに行き夕食にありつく。
当然僕たち以外の唯一のゲストであるアメリカ人青年
とっくに終えて部屋に戻っているみたいで、いっそう濃くなった夜の闇の中、
ポツリとテーブル1つだけが心細い小さな難破船のよう。
昨晩と同じフルーツカクテルサラダミストローネの他に、
チキン・マカロニスープグリルド・チキングリルド・フィッシュを食べる。
ドリンクはウェルカム・ドリンクとして出されおいしかったタマリン・ジュース
例によって月並みだが、どれもこれも違和感なく美味しい。
特に、ギンガメアジかなんかアジの仲間と思われる魚の煮付けは、
昼に食べたバラクーダよろしく煮てあるのに身がまったく崩れていなくて、
歯ごたえもしっかり、とても食べやすく美味かった。
洋上でさんざん冷たい夜風に当たってきたので、温かいスープもありがたい。

ギンガメアジみたいな魚料理
歯ごたえもしっかり、とても美味しかった魚料理

しかしここの従業員は、トニーアリーもこれだけ遅くなってしまったのに、
何一つ嫌な素振りを見せずに働いてくれている。
かといって、いわゆるサーヴィス業としてのプロ根性、
のようなものが彼らに備わっているのかというと、
おそらくそんな類のものではないと思う。
仕事だから、とか、金をもらっているから、とかじゃなくて、
ただ純粋に外国人である僕たちに喜んでほしい、
インドネシアという国を、
ひいてはこのバトゥゴソックという土地を気に入って帰ってほしいというのが
文章にしてみると彼らの本音に一番近いんじゃないのかなあ、と漠然と感じる。


蚊帳で完全防備のベッド
蚊帳で完全防備されたベッドの上で

食事を終えてすぐに部屋に戻り、23:00には就寝したと思う。




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前の日





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