海洋空間佳本


シャーロック・ホームズの凱旋 シャーロック・ホームズの凱旋」★★★★☆
森見登美彦
中央公論新社

2025.2.22 記
京都警視庁と書いてスコットランドヤードとルビを振り、四条大橋のたもとにはビッグベンが堂々と聳え立つ。
いきなり全開の森見ワールドに、否が応にも期待は高まる。
その後も、結局京大生の話になるのか…? と思わせぶりな描写をしたためてみたり、竹林を主要なモチーフとして重用したりするなど、森見節がこれでもかと炸裂し続け、古くからの読者は思わず笑みがこぼれるところ。
京都という町や京都大学に馴染みがある向きはより楽しめるという点も、過去作に同じ。

内容は何とホームズもののパスティーシュ…なわけはもちろんなく、流行りの異世界的なコンセプトを活かしながら、一風変わった京都の街を舞台にホームズ&ワトソンが縦横無尽に動き回る。
"正典"では不倶戴天の仇として描かれるモリアーティ教授といきなり仲良くなるという設定がまず、シャーロキアンとは言えぬまでもシリーズを繰り返し通読するほど好む私を驚かせ、またわくわくさせてくれる。
そして、森見登美彦氏自身が相当なシャーロキアンだったんだな…と思い知った。
ストランド・マガジンの編集者を務めているヴァイオレット・スミス嬢がやっぱり自転車を乗り回しているなんて、実に愉快ではないか!
また、おそらくは森見氏がドイルの原作を読んで引っ掛かっていた色々なポイントをフックとして、あるいは解決すべきトピックとして散りばめているのだろうと感じる箇所もあったり。
さらには、文体もしっかり翻訳物の雰囲気をぷんぷん纏っている。

物語は第四章後半からぐわんとダイナミックな展開を遂げ、客観的にはどう見ても破綻してしまっている世界を、圧倒的な膂力で強引にまとめ上げる手腕は、本当にお見事の一語に尽きる。
まさにきわきわのバランスで、砂上の楼閣がまるで硬い岩盤の上に屹立しているかのように威容を誇っている。
探偵小説における超常現象の置きどころを概念化したユニークな試みはばっちり効果を発揮しているし、京都とロンドンの関係性もまた良い塩梅で、仮想世界と幻想小説的味付けの意外な相性の良さを巧く取り込んでいる。

この小説全体パッケージを改めて俯瞰し、内容を構成する各要素を見渡してみると、まさしく現時点での著者の集大成と言っていいのではないかと思う。

「ホームズが事件の真相を見抜くのではなく、ホームズの見抜いた真相だけが真相たり得る―そんなあべこべの印象を抱いたことさえあったのである。」





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