一切奇を衒うことなくド直球で勝負、そんな、非常に読み応えのある大作だった。
帚木蓬生氏といえば、もちろん幅広いジャンルをカヴァーする作家ではあるが、中でも巷間もっとも知られているのはやはり医療モノだろうと思う。
この作品はそれらとは趣をまったく異にする、江戸時代の農村を舞台にした話。
冒頭に“奇を衒うことなく”、と書いたように、物語の筋も展開もどこまでも正攻法で、意地悪な言い方をすれば、読者の予想の範囲を超えるようなものでは決してないが、その真っ直ぐな世界がドンと心情に迫る。
描写そのものも抑えられており、どちらかといえば淡々とした筆致で綴られているが、そのことが庄屋や百姓たち、そして心ある侍が抱える艱難辛苦を読む者に共感させるという点において高い効果を上げているように思う。
足掻いても騒いでもどうしようもない、当時の民衆が直面し、畢竟受け入れざるを得ない現実というものを、抑え気味の筆遣いだからこそ、現代に生きる我々も感じ取ることができるのではないだろうか。
しかし、渇水しようが氾濫しようが不作だろうが、否応なく巡ってくる毎日を生きていかねばならないという半ば諦観めいた日常の中、自らの身代と生命をなげうっても事業を成し遂げたいという庄屋たちの激情もまた、そうした筆致は充分に伝えてくれる。
いくつかの困難を乗り越え、そろそろ事が成就して大団円かと思われる矢先に皆を襲うアクシデントも、タイミングといい絶妙すぎる。
実際、私も下巻に入ってからのあまりにスムーズな運びに、「このままいったらちょっと呆気ないんでないの…」と思っていたところだったから、見事に騙された。
それがまた物語の結末における感動を増加する。
些事だが、本文中に出てくる食べ物が、当時の百姓料理を始めとする粗食ながら、池波正太郎の「剣客商売」シリーズよろしく、実に美味そうに描かれている。
大根、鮠の煮干し、菜飯、粥、鮒の串焼き、山鯨(猪)、鯉の膾…。
腹が減ってくるわ。
最後に、各章の小章に付けられている小見出しがまた素晴らしい。 |