まず掴みがすこぶる上手い。
横山秀夫氏か、と思わず感じてしまう硬質な筆致による描写が、速いテンポを刻みながらリズミカルに展開され続け、既に序章の時点で著者の勝ちは決まったようなもの。
次ぐ第一章以降は得意とする新聞業界を舞台に筆はさらに冴えを増し、読者は一切のストレスを感じることなく奔流に身を委ねてページを繰ってゆくばかり。
対象物をあるがままに、客観的な真実として正確に描き取っていく"写実"という絵画の手法に、新聞記者にとっての"取材"を重ね合わせている意図は明白であり、それは現場に足を運ぶことなく仕上げられる、いわゆる"コタツ記事"が氾濫する時代に対する著者なりの一撃でもあろう。
つまり、門田次郎が著者の一つの投影であることにも疑いはなく、そのエッセンスが凝縮されているピークこそが、酒井達男との対峙のシーンだと感じた。
本筋として貫かれるシリアスな流れのみならず、そこに支流として絡んでゆく亮と里穂の淡い恋模様の塩梅もちょうど良い匙加減で、まさしく物語に彩を添え、豊かなものにしている。
ただ一点のみ、不満を述べさせていただくなら、ラストをあそこまで露わに書ききってしまうのは好みではなかった。
その手前で留めていても充分読者には伝わっているし、余韻を含めた締め括りをいささか野暮ったくしてしまったのは間違いないだろうと思う。
余談ながら、巻末の取材協力者リストに私の友人である写実画家が名を連ねているので、作中で語られている美術業界の深い闇について、今度機会があればぜひ訊いてみよう(笑)。
「奇を衒わず、ひたすら模写に徹する姿勢に狂気が垣間見えた。」
「『私は人間を書きます』」 |