海洋空間佳本


流浪の月 流浪の月」★★★★★
凪良ゆう
東京創元社

2022.10.9 記
凄まじいパワーを持つ小説だった。
舞台設定自体は新奇なものではなく、どちらかというと類型的とさえ呼べるものだが、そこで読者を捉えて離さない、引きずり込む膂力がものすごい。

社会に適合しない特殊なパーソナリティーを主要な登場人物に据えているように見せながら、実はそうではなく、誰の中にも存在する、それでいて意識的かどうかを問わず日頃目を向けないようにしている本質を刺激し、抽出して訴えかけているのだということに、すべての読者は早晩気付くことになる。
デジタルタトゥーといった新種の絶望的な要素を活かし、時代性も上手く反映しつつ。

誰しもが、一切の束縛や忖度に絡めとられることなく、心の求めるまま自由に生きたいという願望をどこかに秘めながら、外部との折り合いを付けて、何某かを抑え我慢して、日々暮らしている。
しかし、それはそもそも必要なことなのだろうか?
大脳新皮質が発達してしまい、また相対的に極めて高い社会性を備えてしまったが故に、種特有の様々な病理を抱えている人間という動物は、果たして合理的な存在と言えるのだろうか?
幸せな生き物なのだろうか?
もちろん著者の意図したところではないだろうが、上質なエンターテイメントノヴェルでありながら、文化人類学にも通じる哲学的な問いを投げ掛けている、大仰ではあるが、そんな風にも感じてしまった。

「わたしの手にも、みんなの手にも、ひとつのバッグがある。それは誰にも代わりに持ってもらえない。一生自分が抱えて歩くバッグの中に、文のそれは入っている。わたしのバッグにも入っている。中身はそれぞれ違うけど、けっして捨てられないのだ。」

「事実と真実は違う。そのことを、ぼくという当時者以外でわかってくれる人がふたりもいる。」





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