"宣戦布告"と題された序章では、昨今のSNSにまつわる醜い惨状に対し、誰しもが暗澹たる思いとともに抱いているであろう正論が、明瞭かつ見事に言語化され、これでもかと書き連ねられている。
総じて罵詈雑言と呼んで差し支えない汚い言葉であるにも関わらず、読んでいくうちに不思議とすっきり爽快な気分になり、同時に本編への期待が高まるばかり。
とても上手い掴み。
そして肝心の中身はもちろんその期待を裏切らない。
プロットこそシンプルながら、一冊の主題にもなりうる素材がいくつも贅沢に奢られ、全体の構成としては極めて複層的、まるで城郭のよう。
まさに唐突にB面が始まったかのような第七章、監禁事件をモチーフとしたくだりには違和感を禁じ得なかったが…これはちょっと欲張り過ぎた。
様々なトピックスが物語に組み込まれている中、とりわけ音楽制作の現場に関するヴィヴィッドな描写には感服した。
新聞記者出身である著者の取材力あってこそのリアリティが、本作でもしっかりと息づいている。
奥田美月の「声」が聴きたい…と思った読者は私だけではないだろうし、実在のアーティストを想起し思いを馳せた人もまた少なくないだろう。
同様にもう1人の重要人物である天童ショージが生きる演芸の世界も具体的な質感を持つ。
「声」を聴いてみたいのと同じレヴェルで、"炎上保険"のネタをぜひ観たいものだ。
終章は、ちょっと長いかな…前作のように書き過ぎていないといいな…と半ば不安を抱きつつ読み進めていったが、ここまでずっと体温を持たないアンドロイドのようであった瀬尾政夫が一気に立体的になり、実体がある人間として存在感を増していく様はあまりにドラマティックで、こちらも胸が熱くなった。
全編通し、登場人物の口を借りて語られる、塩田武士氏の金言が多数。
作中の瀬尾とはまた別の、塩田氏なりの腹を括った意見表明と受け止めた。
娯楽小説として味わうだけでなく、現代社会との向き合い方について自分の考えを整理する一助にもなるかもしれない。
最後に巻末に記された初出を見て、よりによってこれまで数多の人生を狂わせてきたであろう「週刊文春」で連載していたことを知り、2度ほど驚いた!
その後、文春のウェブサイトで塩田氏と編集長との対談を拝読し、示唆に富んだ読後のエピローグとなった。
「礼節を重んじて自分を押し殺したり、なぁなぁにしてしまうことで本音が陰湿に熟成され、結果として日本人の多くがTwitterのような匿名性の高いツールを捌け口として選んでいるんじゃないかと考えています」
「ネット空間で無数の弾が目の前で飛び交っていること、そして自らも引き金を引いていることに、あまりに無自覚な社会がある。」
「『その人を傷つけない笑って、どこの劇場でやってるんですか?』って聞いてきましてね。」
「現状は『個人で発信できるようになった』だけなのです。『醜い言葉の刃で誰かを追い詰めること』『感情に任せて私刑を誘発すること』『嘘の情報をタレ流すこと』『正確さよりも面白さを優先すること』が、いつ認められるようになったのでしょうか?」
「内側から崩れ落ちた人間の絶望は、何人も入り込めない闇深い世界です。そしてその闇は、決して遠くにあるものではなく、手軽な通信機器とつながった薄氷の日常に潜んでいるのです。」
「法廷で得られるのはこれからの人生のための『区切り』に過ぎず、そこに必ずしも『真実』があるとは限らない。」
「理解は角を落として丸くしない限り、心へは転がっていかない。その心に行き着いた考えや感情の向こうに、人間の真理があるのかもしれない。」
「何でこんな戦時中みたいに息苦しいんやろ。ひょっとして今、戦時中なんか?」
「もうええわ。腹立つの、しんどいわ。」
「SNSの最大の罪は、バラバラにあった多様性の象徴みたいな種々の物差しを、銀行の合併みたいに画一的にしていったことや。広まったように見えて狭まったんや。」 |