作品全体に、高野秀行氏の原点であり核であるようなエッセンスが貫かれた、いわば"高野ワールド"の王道に位置する一作ではないだろうか。
一歩間違えれば、というかそこそこの確率でひょっとしたら命を落としていたんじゃないか、と思われるようなシチュエーションを含めた、ほぼすべての日本人が経験をしない状況にあえて身を置くことで生まれる、まさにタカノイズムの粋を集めた作品だろう。
生得的とも偶然とも言える天性の才で、そんな危険な場面も結局のところ切り抜けているのも高野氏らしい。
どんな新聞記事や解説書を読むよりも「ミャンマーの柳生一族」を読めばここ数十年のミャンマー情勢が理解できるのと同じく、この本を読めばソマリア(およびソマリランド)の国内事情がストンと腑に落ちる。
海外メディアはもちろん、ソマリ人たち自身による報道機関ですらほとんど触れないという、"氏族制度"をここまで詳細に綴っているのは、大袈裟じゃなく学術的にも小さくない功績なのではないだろうか?
日本を始め諸外国のものとはまた形態が異なる、この氏族というソマリユニークな身分制度の存在を前提にして考えると、なるほど海賊が蔓延る理由も内戦が起こる背景も流れとしてとてもよく分かる。
といっても、戦国武将の氏になぞらえるという著者の苦心の策を以てしても、ちゃんと理解できるように読み込んでいくのはなかなか骨が折れる所業だが…。
高野氏自身も危惧しているように、ここがこの本を読む上での最大の難所だろう。
旅を終え、まとめにかかる終盤のくだりにおいても、これまたタカノイズムが全面に溢れている。
西欧民主主義こそが世界のスタンダードだ、というプロパガンダに飽き飽きしている私たちは著者の考察に共感し、また古くからの愛読者は、ソマリに残る謎の解明を果たすべく、次なる探検に野心を燃やす高野氏に期待をしてしまわざるを得ないだろう。
あと高野さん、決して「スタジオでは使えないと判断され、レポーターとして地方に送られてしまう始末」なんて事実はありませんでしたよ! |