徹底したニヒリズムという隠れ蓑の裏に潜む、どこまでもウェットな永劫不変の情愛。
メトロノームが刻むリズムのように淡々と流れゆく寒村の日常が、ともすればからりとした明るささえ感じさせる、おりんを始めとする登場人物たちのやりとりを通して描かれているが、であるからこそ、そうした陽光の陰に確実に存在し、生活に忍び寄る悲哀がより濃く浮き彫りにされて、読者はアンビヴァレントな感情の谷に落ち込んでいくことになる。
とにかく、一見つるりとしたその表層にまったくそぐわない、質量の塊に漲る圧力が物凄い。
恐らくは計算尽くというよりも、著者に生来備わる天賦の才が創り出す世界なのだろうと感じる。
表題作及び「白鳥の死」と併せ、著者が世の在り方をどう見ていたかということが、極めて明快に伝わってくる書であり、個人的にそこには強い共感を抱くことができた。
余談ながら「月のアペニン山」は、そのネーミングセンスが常軌を逸する秀逸ぶり。 |