いつまでも思い煩っていたら日常生活が立ち行かなくなるので、腹の奥に呑み込んで忘れたふりをして過ごしている、様々な負の経験。
誰しもが抱えているそんな類の古い傷跡を潜在意識の底から浮かび上がらせ、絶妙に著している第四章がまず、強く心に残る。
読み進めるうちに、なるほど"水"で繋がる物語なんだな、とタイトルが腑に落ちていく構成が、最終章のまとめ方含め、美しい。
他人である黒田目線の章があるのに対し、血縁の家族である全が一人称で語るところだけが敢えて設けられていないということについても、読了した後に違和感は持たない。
また、昨今喧しいところのいわゆるジェンダーバイアスを重要な主題の一つとして採り入れているが、それも妙な押し付けや説教臭さを感じることがない良い塩梅で配合されている。
「明るいところで見ると、わたしの腕にはいくつもしみが浮いている。手の甲にも皺がいくつも刻まれている。
でも恥ずかしくはなかった。七十四年の歳月をともにしてきた、自分の身体。」 |