海洋空間佳本


高熱隧道 高熱隧道」★★★★☆
吉村昭
新潮社

2016.10.11 記
年代的には逆になってしまうが、「黒部の太陽」に続き本書を通読した。
こちらは、日本が第2次世界大戦に向かおうとしていた時に計画された、黒部川第三ダム建設にまつわる記録小説になっている。
「黒部の太陽」よりはフィクションの度合いが高められているが、骨子となっている灼熱地獄との戦いは無論事実に基づいているため、まるでノンフィクションを読んでいるかのような錯覚に陥る。
「黒部の太陽」の時は水、そして今作における敵は熱。
絶望的な状況の中で、任務を完遂すべく、そして自らの命を守るべく創意工夫を重ねる人間の知恵には本当に頭が下がる。

軍が政を司り、全体主義という思想が無条件に人々を支配していた時代。
現代に生きる我々からは想像がつかないぐらいに、人間の命というものがいかに軽んじられていたか。
"高熱隧道"との死闘を描きながら、著者の吉村昭氏は徹底的にそのことを暴き出している。
特に物語の終盤で露わになってくる技師と工夫との関係性は、当時の国家権力と市井の人々とのそれをなぞらえているように見えるし、結末における技師たちの敗走は、無謀な戦争を主導した軍政のそれを示しているとも考えられる。

自然や動物との対峙を通じて人間の業を描き切る、という点において、氏の他作同様に、著者の真骨頂が見事に著されている作品。





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