帚木氏らしく、淡々と、読んでいるこちらがともすればうすら寒さを感じてしまうかの如く冷静な描写で綴られていく精神病院内の世界は、あまりにも濃い日常である。
じんわりとした重力が常に圧し掛かっているような、どちらかといえば読み進むペースが鈍りがちにもなるこの薄暗い世界はしかし、表層的にはオートマティックに流れている平板な毎日に見えながら、実はいつ暴発するか誰にも分からない時限爆弾を裡に抱え、まるで絶望の果てに向かっているかのようでもある。
言葉で理論的に説明はできなくても、そんな印象と感覚を確実に読者に植え付ける。
そしてその印象と感覚は、たとえ表出する形はこの作中のものとはまったく違えど、確かな共感をまた読者に強いることになる。
これぞ名人の書く文章だ。
名もなき市井の人の生を物語として昇華している、価値ある一作だと思う。 |