まず、プロローグが秀逸。
なかなかの分量だが、著者がこの本で試したいことを充分不可欠に語りながら、なおかつ読み物としても成立している。
全体的に、言葉というものに少しでも興味を持っている人ならば面白く読み進められる内容。
特に私は大学の専攻が認知心理学だったので(といってもほとんど勉強などしていないが…)、Part 2ブロックはまた違った側面からの関心も持って読むことができた。
言語はどんなものであっても生来の枠組みに拠って起こるだけのものではなくて、それが時には鏡となり、時にはレンズとなって、特に文化的慣習を中心とした人間の思考にも影響を与えるものなのだ、というのがざっくりとした主張だとは思うが、実はガイ・ドイッチャー氏がその"影響"の存在を認めているヴォリュームはそれほど多くない、というのが率直な感想。
言語の違いが思考や習慣を変える要素はあるが、それはあくまでもごく限られた分野においてのみで(少なくとも科学的に解明されているのは)、本質的には人間はどの言語を使い、どの国に住もうが同種の生物であるから、その根元的な精神性に大きな差異はない、言語の影響を過大評価してはいけない、というのが本当に著者が伝えたいことなのではないだろうか?
一つ、不満というか消化不良な部分を挙げるとすれば、言語と思考の関係性について、もう少し文法面から探った深い考察を知りたかった。
とりわけ日本語を母語とし、普段からこの種の疑問を抱えている私にとって、ヨーロッパの大多数の言語と異なる語順が、日常の思考パターンにおいてどのような影響を及ぼしているのか、という見解を読んでみたかったのだが、それについては著者も本書中で、文法については深く触れない、と言明している以上仕方ないか。
また、特に第6章なんかにおいて顕著だが、既に過去の理論として広く否定されているものに対してさらに否定を重ねる、その語調が必要以上に手厳しいような気がしたのだが…。
何か私怨でもあるんじゃないか? と思うぐらい。 |