海洋空間佳本


フィールダー フィールダー」★★★★★
古谷田奈月
集英社

2023.5.19 記
かわいいと感じる対象を愛で傍らに置く…そんな行為に潜む大いなる矛盾を引きずり出そうとした著者の試みは、児童虐待、ゲーム依存、ジェンダー差別、LGBTQ、ネグレクト、等々、多岐に渡るトピックスに触手を伸ばして激しく拡大し、そのあまりのてんこ盛り具合には若干の強引さを感じる部分があることは確かだが、一体何層構造になっているのかこの建物は…という感嘆が素直に漏れる。
表面的には物分かりが良くて教養豊か、人当たりも穏やかなリベラリスト…のように思わせる人が、その実は甚だ独善的で狭量、偏見に満ちたゴーマニストである、という事例は現実でもしばしば見受けられることで、そのあたりの描写はとてもリアルで上手い。
人権に対するセンシティヴさがおかしなヴェクトルを持ち、つい要らんことをする、あるいは必要なことをしない、例えば主人公のような人物像も然り。
含め、各登場人物のキャラクター付けが非常に巧みで、徹頭徹尾一貫して崩れないので読み易い。
10年後、20年後に変わらず読み継がれていく作品になるかどうかは分からないが、少なくとも、SDGsという分かったような分からないような概念が人口に膾炙した2020年代の今という時代が持ついくつかの側面を描写した表現がここにあり、今こそ読むべき小説であるということは間違いないと思う。

声を出せないのでテキストチャット使用と説明しながら発音に言及するとは…? とか、スタンプしか会話手段がないはずなのに複雑な罵声を浴びている…? とか、細かくも見過ごすことはできない引っ掛かりが複数あるのは、少し気になった。

「わたしが今考えているのは―アカツキに会いたいということを別にすれば―どうすればこのねじくれを直せるのかということです。
 一体の動物としての『自然』。それを実践する方法について。」
「人間は何も汚さないよ。だって、人間は自然なんだから。」
「自分とは異なる理想を持つ生き物に、噛まれて、穴だらけにされる。それなら筋が通るのよ。猫を飼っても、よその子を愛しても、橘くん、それなら」
「遺書がないなんて当たり前なんだよ。(中略)人生全部が遺書だから。たぶん、まじで死ぬことばっかり考えてたと思うよ。いつ終わるんだこれって。でね、そういう奴が待ってるのは、理由じゃなくて合図なの。今だって思える時をずっと待ってる。」





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