ある意味非常に怖い小説ですな。
30代にして、「誰やったっけ…」とか「ほらほら、あれ…」とか記憶の引き出しを掻き回すことがしばしばある私にしてみれば、まるで他人事ではない! と恐れ戦くほどのホラーじゃないか。
多忙な業界でサラリーマンとして働き続けてきた壮年の男性が徐々に変化していく様が、とてつもなくリアルに迫ってくる。
仕事上で大きなミスを犯すんじゃないか、電車に乗って遠出なんかしたら危ないだろ、と、個人的にここまで主人公に共感し、ハラハラドキドキしながら読んだ小説は稀有かもしれない。
途中、主人公が書く日記が何箇所か挿入されるのだが、「ん? 誤植?」と思ったのは実は演出で、時系列を追うごとにあやふやになっていく彼の意識というものを嫌でも読者に強く印象付ける。
フィクションだから多少都合よく、美化して表現されている部分もある風に感じられるが、初中期症状の患者自身が抱く葛藤のようなものは、巧みに描かれているのではないだろうか。
ラスト、妻の顔すら忘れてしまった場面は、スマートに綴られていて、爽快な余韻すら残してはいるが、やっぱりあまりに哀しい。
実際、家族が本当に大変なのはここからなんだろうな…。 |