海洋空間佳本


ある男 ある男」★★★★☆
平野啓一郎
文藝春秋

2018.11.21 記
あらゆる要素において、決して”書き過ぎる”ことなく、抑制を効かせた展開に終始しながらも、実にダイナミックに読者に問いを突き付け、そして深い余韻を残していく、そんな作品。
家族というユニットから切り離すことができない愛憎の描き方には強く心を動かされ、またなんだか正体不明のスリルを感じて背筋が冷えるような一幕もあった。
いろいろな意味でデビューから20年を経、齢を重ねたからこそ書けた物語であるように思うし、さらには城戸というキャラクターに著者のパーソナリティーが色濃く投影されていることからも窺い知れるように、2010年代後半の日本国内の世相無くして成立はし得なかった、そのようにも感じる。

平野啓一郎氏はかねて”分人主義”を唱えていることでも知られるが、本書でも、人はどんな場においても常に何らかのアイデンティティーを纏わねば社会の中で生きてはいけず、また身に帯びる過去によって現在や未来も変わり得るのだ…という主題が扱われていると読んだが、その一方で、そういった一切の記号性をまったく排し、いわば裸の生身だけで人間は存在し得ないものだろうか…という未だ答えの出ていない問いを、著者が自問自答しているようにも若干感じられた。

結末まで読み通した後、再び序文に舞い戻り目を通すことになるが、そのような一種のループ構造を取りながらも、決して”閉じた”物語ではない、そういった技術もさすがだなと思う。





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