紛れもなく、大傑作だ。
核となるストーリーを、平家物語の作者がそれを何某かに伝承するという入れ子に収め、さらには、その作者とは誰なのか? 一体誰に伝えようとしているのか? そして"姿を消した"のは一体…? 等といったミステリーの要素を絡めて大きくパッケージングしており、まずリーダービリティが実に高い。
終盤の第十二章に至り初めて、帯の宣伝文句に"夫婦の絆"とある意味が腑に落ちる粋な構成。
戦国ものを中心とした時代小説は確かに装飾しやすい題材ではあろうが、そうだとしても、平家の凋落を組織の愚昧になぞらえたり、主人公の平知盛を旧来の武士の面目に囚われず合理性を優先する進取の英傑として描いたりと、現代社会の枠組みにもそのまま当てはまる形で表現する様は唯々上手過ぎるし、窮地における知盛と経盛の和解や、知盛と三男・知忠の別れ、教経と死を覚悟した海野幸広の結び合い、身命を賭した知盛と源義経の面会、ティーンエージャーに過ぎぬ知章の雄々しくも哀しい最期、一条能保はおろか源頼朝に対してなお一歩も引かず対峙する希子の気魄、さらには教経VS弁慶という稀代のビッグバウト並びに知盛と義経の奇跡の共闘等々、挙げていけばきりがない見せ場は次々登場するし、光景が映像としてまざまざと脳内に浮かび上がってくるドラマの数々に魂を掴まれ、本の中の世界に耽溺するばかりだった。
クライマックス、知盛が彦島で茜船に乗り込むシーン以降は視界が霞みっ放し。
史実を人間味に満ちたエンターテインメントに昇華し再構築するその手腕たるや、タイプは違えど木下昌輝氏や垣根涼介氏を想起した。
そして、齢30代にして人間をここまで描ける今村翔吾氏、凄い。
余談ながら、六甲山系が源平合戦の重要な舞台の一つになっていることに、地元民として静かな興奮を覚えた。
「幾らそこから目を背け、自ら美しく装ったとしても、ただ争うという一点だけで、人はすでに愚かしく、汚らわしい生き物ではないか。それなのに、どうにか醜さを隠そうと、無用な作法や美徳を作る。そのせいで戦は長引き、民は貧困を強いられる。」 |