海洋空間佳本


セカンドキャリア セカンドキャリア」★★★★☆
片野ゆか
集英社

2025.6.17 記
著者がこの本を書くきっかけになったラッキーハンターという引退競走馬との出会いから始まる。
その来し方が時系列を追って語られていくが、今は幸せになっていると分かっていても、彼の行く末を案じてこちらはハラハラドキドキ。
冒頭からぐっと読者の心を捕らえる、巧い掴み。
その後、著者が精力的な取材を通して馬に関する知識を急速に吸収し、また彼らを取り巻く境遇に思いを寄せて意識の段階で変革を遂げていく様が等身大の目線で綴られ、"引退競走馬をめぐる旅"というサブタイトルの通り、まさしく追体験しているかのよう。
取材対象者についても、馬たちの命を守らんと奮闘する人たちの活動が子細に、そして温かい眼差しでリポートされているので、読者が共感を抱きやすいと言えよう。
宮田朋典さんがディープインパクト産駒三兄弟のリトレーニングに取り組む軌跡は、紛れもなく前半のクライマックス。
後半でも、地道な取材に基づく興味深いトピックスの数々が、それらに携わる人たちのキャラクターとともに紹介されているが、雑誌連載をまとめたものなので詮無いこととは知りながら、構成的には一本調子でややまとまりに欠けたかなという印象がある。

通読して強く心に残るのは、競走馬がいかに特殊な環境で生きることを強いられているか、ということ。
改めて、競馬というものはなんと重い"原罪"を持っているのか…と鬱々とする。
犬や猫の保護活動に携わっている人たちの口から、"蛇口を止めないときりがない"という言葉をしばしば聞く。
経済的な観点において、既に一定のポジションを占めている競馬を今すぐなくすことは、著者も本書の中で指摘しているように不可能だが、愚かな人間なりに長いスパンでなすべきことを考えていくことはできる。
引退競走馬の行方について真剣に苦悩し、行動に移す人たちが少なくないことを知ることができたのは、非常に嬉しかった。
特に、富裕層でない一般的な会社員ながら、地方競馬で複数の馬を所有してきた林由真さんには心より敬服する。
四肢の骨折等を発症した馬を"予後不良"と言い、即座に安楽死処分としているこの業界の慣習に対しては、私も以前より疑念を抱いていたのだが、林さんのピュアな想いと熱意によって、やはり救える命はあるのだということが証明されたのはとりわけ印象的だ。
仮に競走馬として"死んだ"のであっても、走らなくていい世界で生きていけるのであれば、その環境を整えることは彼らを生み出した者たちの責務ではないのか。

ラッキーハンターは幸運にも恵まれたセカンドライフを送りつつあるが、世の中には"ラッキーハンターになれなかった"馬たちがたくさんいる。
そこに気付かせてくれる価値ある一冊だ。





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