海洋空間佳本


ラブカは静かに弓を持つ ラブカは静かに弓を持つ」★★★★★
安壇美緒
集英社

2023.1.26 記
実は冒頭ちょろちょろっと読み進めたあたりで、日本語力が少し怪しいかも…? と一瞬嫌な感覚を持ったのだが、結果的にそれは杞憂で、ページを追ううちにどんどんと物語に惹き込まれていった。
私事ながら現在担当している業務とドンピシャの題材、というのはまあ蛇足だが、実際にJASRACがヤマハに調査員を送り込んでいた事実を下敷きに描かれた小説。
リアルな書きぶりに驚き、著者は作中の業界の出身あるいは非常にニアなポジションにいたとか? と思ったが、プロフィールを見たところそんな経歴をお持ちというわけではないようで、丁寧な取材を適切にフィクションに落とし込んでいる、と感心する。
発表会のくだりでは、音楽が創り出す世界を描写する言葉遣いもとても心地良い。
蜜蜂と遠雷」を少し彷彿とするようなシーンだったが、あそこまで冗長でないのも却って良い(笑)。

物語の終盤、橘が全著連のスパイであることが浅葉にばれてからラストまでは、何度も目が潤むほど作中にどっぷりと全身浸かりきった。
耽溺とも呼ぶべきこの読書体験のみを以てして、星5つに値する。
この期に及んでも感情の起伏が人より平坦な橘には、内心歯痒い思いを抱いたが、よく考えればそれもまた彼らしいことで、キャラクター造形がしっかりできているとも言えるか(笑)。

他者との繋がりによって、我々は生かされている。

あと、ラブカは決して"醜い"深海魚ではないと思う、個人的に。





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