海洋空間佳本


夏の災厄 夏の災厄」★★★★★
篠田節子
文藝春秋

2008.11.2 記
すでに13年も前に単行本が刊行された作品だが、バイオハザードを扱った内容でありながら今読んでも古さを感じさせない。
科学に忠実に従ったリアルなパニック描写のみならず、著者の経験を基にした日本の役所の実態の一面、そして僅かながら政治的な要素も絡んできて、相変わらず重厚な物語に仕上がっている。

篠田節子氏の作品を読むといつも思うのだが、その中にはこの国が抱える様々な問題が示され提起されているにも拘らず、決してすんなり分かりやすく呑み込める結論や結末は用意されていない。
例えばこの小説でいうならば、硬直化したお役所仕事や、理不尽な社会の仕組みに抗議する左傾気味の政治運動、などが描かれてはいるが、それらの問題に対するいろいろなアプローチこそ提示されているものの、おそらく篠田氏はそのどれをも全面的には信じていないんだろう、と読む者に感じさせる。
これは「ゴサインタン」や「ロズウェルなんか知らない」、「アクアリウム」といった作品群にも通じると思う。
様々なポリシーを持つ人たちが小説の中に登場し、その誰もが一理を有してはいるけれど、綻びもまた必ず一緒に抱えている。
物語の主人公とて例外ではない。
そんなところにこそ、案外篠田氏が世間に向けて問いたい本当のテーマが込められているのかもしれないな、などと思ったりもする。
そして読む私は、人に胸を張って語るべきポリシーなど持っていない人こそが、この社会に生きる理想の像なんじゃないか、と感じる瞬間がある。
力を抜き頭を空白にし、自然体で生きること、それが篠田氏の言いたいことなんじゃないだろうか…、なんて。
作中の登場人物、辰巳秋水の言葉「なまじ思考力などないほうが、人は真に理に適った動きをする」。

文庫版巻末の瀬名秀明氏の解説もとてもいい。





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