海洋空間佳本


平成犬バカ編集部 平成犬バカ編集部」★★★★☆
片野ゆか
集英社

2025.7.10 記
遡ること四半世紀、まだ今のように市民権を得ているわけではなかった犬バカが、犬バカ探知電波を発射し、それを受信した犬バカたちが巡り会い、エネルギーを形に変えて何かを生み出し、世間にインパクトを与え続けていく…まさしく犬バカメディア草創期を如実に紐解く渾身のルポルタージュである。
事実としてあった物事を文章で再構築していく著者の技術がとても巧みで、その狂騒は理屈抜きで面白い読み物として仕立てられているが、決して単なる犬バカ賛歌に終わることなく、ちょうど人と犬との関係性が大きく変貌し、犬が家族の一員としての地位を確かなものとしていったこの時期の国内情勢を追うという、文化人類学的な切り口からも描いているのがさすがプロの仕事…と感嘆していたところ、"おわりに"を読んで、平成期の犬現代史を著すその構想こそが先に立っており、「Shi-Ba」編集部取材は実は後からついたものだった、と知って、さらに驚いた。

私自身、犬バカの一人として、井上編集長を始めとする各登場人物たちの犬バカぶりにはことごとく共感を覚えるより他ない。
中でも、ちゃんとしているけど時には少しゆるくたっていいじゃないか、という旨の主張に対しては、我が意を得たりと大きく頷いた。
また、犬を通じて人間関係が飛躍的に拡大したという説明も本当にその通りで、強く同意する。

読了が近付くにつれ、福太郎の一生もまた、本書を貫く縦糸の一本だったんだな…と理解するとともに、井上編集長を中心に一番好きなものを仕事にして突っ走ってきた第一期犬バカ集団の解散もどうやら迫っているようだ…と一抹の寂寥に襲われる。

余談ながら、読者アンケートで犬に掛かる経費を訊いたところ、最高で年間40数万円の人もいた…という記述が本書中にあったと思うが、少し前のデータとはいえ、その桁数ではまだまだ…と、人後に落ちぬディープな犬バカを自認する一人として、マゾヒスティックな優越を覚えるのであった。

この秋から始まるNHKのドラマでは、それなりに内容がアレンジされるだろうが、本質を成すエッセンスが削られることのないよう祈りつつ、放送を楽しみにしている。





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