海洋空間佳本


花闇 花闇」★★★★★
皆川博子
河出書房新社

2018.2.12 記
四肢を失いながらも舞台に立ち続けたという、三代目澤村田之介。
幕末から明治にかけて生きたその俳優の存在を、不勉強ながら初めて知った。
実在の人物でありながら、その生き様があまりにドラマティック過ぎて、ともすれば描写が陳腐になりがちな題材だと思うが、皆川博子氏の筆さばきにそのような心配は無用で、本当に田之介や三すじ、権之助たちが自分の身近にいるかのように、この上なくリアルに感じられる。
幼少時より妖しさを以て放たれる艶やかな美貌、傑出した芸を持ちながらもどこか一部が欠落し傲岸不遜な人格、病を患い周囲の空気が徐々に変貌していくにつれて崩れ始める心身の均衡…。
それを傍で冷徹とも言える眼差しで見つめ、支え続けた三すじの存在。
さらには、他の高名な大立者たちや大部屋俳優らが息づく、芝居小屋の糜爛した熱気。
すべてが生き生きと、確かな実在感を持って迫りくる。
それと同時に、すべてが幻、虚無なのではないか、という相反する感覚を強迫観念のように捻じ込んでくるところもまた皆川節であり、人という生き物の業を上手く描き切っていると思う。

時代が下った場面をプロローグとエピローグに配し、本筋を挟み込む入れ子構造は言うなればありがちな構成ではあるが、それがここまで効果を発揮することは少ないのではないだろうか。
終章に入り、結びに向けて急速に高まる緊張感は尋常ではない。
これぞ小説家の技術の粋というものか。





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