海洋空間佳本


アラビアの夜の種族 アラビアの夜の種族」★★★★★
古川日出男
角川書店

2005.5.26 記
一言で言って、壮大かつ娯楽性に富んだグレイト・クロニクル。
読み終えた後に、“一大スペクタクル映画を観た時のような”などといった修辞句で飾られる名作は多いと思うが、そんな表現すらも届かないと感じられた一冊。

公営放送の大河ドラマもその冠名の重みに耐え切れずに裸足で逃げ出すのではないかと思われる巨大な流れに乗ったストーリーはもちろん、何と言ってもその文体がとても流麗かつ詩的。
著者の常人離れした鋭敏な言語感覚をこれでもかと総身に感じることができる。

中世のイスラム世界という、我々21世紀に生きる日本人にとっては決して身近とは言えない時空を舞台としていながら、ズームルッド、アイユーブ、ファラー、サフィアーン、アーダム…といった、まさに血と肉を有し目の前で発声している姿がありありと脳裏に思い浮かぶかのごときリアルでヴィヴィッドな登場人物たちの息吹によって、それは十二分に鮮やかな色彩を持った仮想現実として我々のそばにある。

単行本の帯に記された「推薦はしません。感謝と、賛辞をこの本に−。」という京極夏彦の言葉が読後にはとてつもない実感を持つことに気が付く。





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