まさしく犬の王。
シーザー・ミランに先立つこと70年、本邦にこのような方がおられたとは。
平岩米吉の思想、そしてそれを基底に提唱される具体的な啓蒙の種々を読んでいると、それらが発せられた時代が昭和初期でありあるいは戦後まもなくであった、という事実を思わず忘れてしまう。
それほどまでに、洗練されているし、まったく色褪せていない。
特に"犬畜生"などと呼んであからさまに犬猫を下等なものと見なすことが当たり前だった当時の日本において、彼らに対し過剰とも言える愛情を注ぎ、観察を通じた科学的な知見を披歴した上で、彼らを尊重すべしと訴える存在の特異さは際立ったことだろう。
アニマルウェルフェアの精神性を日本で顕現した魁でもあるのではないか。
2024年の現在ですら、犬や猫の習性を知らず(学ぼうとせず)、誤った方法で飼養している飼い主は少なくないと見受けられるのは実に嘆かわしいこと…。
冒頭で半ば冗談混じりでシーザー・ミランになぞらえたが、犬たちの王として群れの中で君臨する理屈を超えたカリスマ性に加え、平岩米吉には学者然とした思考力と分析力、そして文筆家としての能力も備わっていた。
「動物文学」の創刊と発行の継続は、そういった平岩米吉の才能と功績を示す代表例かと思う。
当時の文壇における錚々たる面々がヴァリエーション豊かな原稿を寄せ、時にUMA的な存在にも言及して真面目に論を戦わせていた総合誌、私もリアルタイムで購読したかった!
読了した今、なるほど短歌という形態こそが、平岩米吉が目指すところの究極の動物文学なのだということもよく分かった。
アニマルウェルフェア実践の先駆者であると同時に、文字通り世界をリードする動物行動学者でもあり、さらには流麗な歌も詠みこなす文人であったとは、アンリ・ファーブルとコンラート・ローレンツも裸足で逃げ出す超人ぶりではないか。
おっと、フィラリア撲滅に心血を注いだ愛犬家としての顔もあった。
今、当たり前のように私たちは月に1度、犬に薬を飲ませることでほぼ完璧にフィラリアを予防することができているが、ここに至るまでに平岩米吉が大きな役割を果たしていたということを知った。
これほどのスーパーマンである平岩米吉を、多面的に見事に描ききった著者、片野ゆか氏の力量も素晴らしい。
平岩米吉の家族や近しい人たちから聞き取ったエピソード類はもちろんのこと、例えばオオカミに関する論考など、対象の周辺にある事柄を必要に応じて詳述することで、生身の人間としての平岩米吉を各読者が感じやすいように工夫が凝らされている。
すべてを読み終わった後、家族として一緒に暮らす我が犬への愛が深まっていることを感じた。 |