海洋空間編集長雑記



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2005年3月分




2005年3月31日(木)
「東京で奇遇×2」


昨日は東京、神田神保町にある某芸能プロダクションで打ち合わせ。
何とか無事に終えてその会社を出たところで、思わぬ知り合いに遭遇した。
3年程前になるか、
当時ボクがついていた番組の前説(まえせつ)によく来てくれていた芸人のMくんであった。

「おおぉ、Mくん!」
「ああぁ、Fさん!」

彼は大阪にいた時結成していた漫才コンビを解散し、
今は別の相方と別のコンビを組んで、2年程前から東京で頑張っているのだ。
まあ彼はまさに昨日ボクが訪れていたその会社所属の芸人なので、
偶然遭ったとしてもそんなには不思議じゃないか。

久々、Mくんに連れて行ってもらった店でなぜか天丼をつつきながらしばし近況報告や昔話など。

さらに彼と別れた後、ボクは本が好きなので、
せっかく神田に来たんだし少しうろついてから帰ろうか、とブラブラ、
「神田古書センター」だったかな、そんなような名前の、
上から下までビッシリと古本屋さんが詰まった雑居ビル2Fの奥にある
「ボンディ」という喫茶店に足を踏み入れると、またまた知り合いの顔が。
おなじく件の芸能プロダクションの社員、Fさんであった。

「おおぉ、Fさん!」
「ああぁ、Fさん!」
(ややこしいな)

彼はまさに今週から始まる新番組でお世話になるタレントさん担当のマネージャーさんで、
これから長い付き合いになるであろう(と思われる)人。
まあ彼の会社の近所なのでこれまたそんなに驚くような奇遇じゃないんだけども。
いやはや何とも何とも。

それにしたって東京の地下鉄の駅には全然ゴミ箱がない、
鼻をかんだティッシュを手に持ってどれだけ歩いたことか。



2005年3月28日(月)
「さくら道散歩と『冨紗屋』」


昨日、日曜日は待ちに待った束の間の休日、桜花の様子見を兼ねて久々に夙川さくら道を歩いた。

中にはそろそろ咲きかけのつぼみも

中には少しだけ花弁が顔を覗かせているものもあるが、まだ開花にはちょっと時間が掛かるかな。
結善から名次、北名次あたりにかけて早くも露店が並んでいて、雰囲気出てきた。
でも来週ぐらいから人出もものすごくなるんだろうなあ…。

大阪・谷六の空堀通商店街に本店を構えるお好み焼きの名店、
「冨紗屋」がいつの間にやら西宮にも進出していた、ということで晩飯はそちらへ。
うちから車でわずか10分、便利なものである。
ちなみに「冨紗屋」は関西の粉もんとしてはかなりの有名店で、タレントはもちろん、
たとえば遠方に住むボクの知り合いなんかが遊びに来たとして、
「せっかく大阪に来たんだからお好み焼きが食べたい」と言ったら真っ先にここに連れて行こうか、
と思い浮かぶ店である。

塩ネギ焼(ネギ焼にレモンを絞って食べる)、
モーチーズ焼(もちとチーズの入ったお好み焼き)、キムチ焼きそばと、
名物デザートの芋っ子アイス(アツアツのスウィートポテトとヴァニラ・アイスを一緒に)を食べる。
もちろんおいしくいただけたが、やっぱり味は今のところ本店の方が…、
という感想を昨夜は持ったかな。
まだこの西宮店はオープンしたばかりなので、これから熟成されていくといったところ?
でも新しいから当たり前だけど内装なんかは本店など比べ物にならないほど(失礼)キレイだし、
テーブル席も広くて快適だった。



2005年3月26日(土)
「今日は新番組のプレ本番」


昨日は東京出張、フジテレビに行ってきた。

日没直後のフジテレビ社屋

アポが夕方だったので出発はゆっくりめ、間寛平さんも新大阪駅に来たら必ず立ち寄るという
立ち喰い「浪花そば」で腹ごしらえをしてから新幹線に乗った。

ゆりかもめに乗ってたら、寒かったけど天気はよかったし、
車窓からはずっと海が見えてるからそのままどっかに遊びに行きたくなった。

在阪局とのあまりのスケールの違いに改めて圧倒されながらも無事に仕事を済ませ、
久々に台場に来たので一人で少しブラブラして帰途に。

新橋の地下街にあった「Soup Stock」という、“食べるスープ”がウリの店がどうにも気になり、
そこで晩飯を喰って帰ることにする。
日替わりのカレーライス(昨日はトマト煮込みカレー)と好きなスープ、
ドリンクが一緒になったディナーセットをオーダー。
スープは「レンズ豆とお米のスープ」というやつにした。
一見、辛そうなカレーだったけど食べてみたら全然大丈夫、
辛さにまったく耐性のないボクでもおいしくいただけた。
なかなかの人気店のようだ、ここは。
関東在住の人にとっては有名なのかな?

大阪に着いたらもう23時前、会社に少し寄って帰宅。
イランに負けちゃったなあ。



2005年3月25日(金)
「一区切り」


昨日、昨年4月の立ち上げ当初からボクが担当していた番組の、
ボクが受け持つ最後のオンエアが何とか終わった。
お世話になった皆さん、この場を借りまして、ありがとうございました。
これからは新番組に全力傾倒。

そして数日前の日記に書いた「マンモスの牙でできた置物」が手元に届いたのも昨日。
会社で受け取り、その場で開けたくて開けたくてたまらなかったが、
結構繊細な造りのようで、破損しては死んでも死に切れないので、家まで我慢。
満を持してオープンすると、予想を遥かに上回るその出来栄え、大満足じゃ。
まあどんな出来でも満足していたかも知れぬ。

本日は東京出張だ。



2005年3月23日(水)
「NBAももはや大詰め」


この前久々にダーク・ノヴィツキーを観たら坊主頭になっていて、
どうにも130Rほんこん(蔵野孝洋)に見えて仕方なかった。

知らぬ間にレギュラー・シーズンももはや終盤戦、
少し前の話だけどデッドライン間近には
クリス・ウェバーやバロン・デイヴィスらを始めとする大型トレードも複数行われてビックリしたよ。

NBAを代表するスーパーマン、ケヴィン・ガーネットのウルヴズや
プライヴェートでもいろいろと大変だったはずのコービ・ブライアントのレイカーズは大苦戦してるし、
シャキール・オニールを得たヒートは“選手1人でこんだけ変わるか”という大躍進、
次代のオンリーワン、レブロン・ジェイムズ率いるキャヴスも
目覚ましい急成長を見せている今シーズン。

あ〜、暇な部署に異動したら絶対プレイオフ、観に行こう。



2005年3月22日(火)
「『愛・地球博』内覧会のとてつもなく嬉しい土産」


先週の土曜日、ボクが今担当している番組が「愛・地球博」の取材に行った。
そして昨日、その取材班に「買ってきて!」と依頼していた品々を会社で受け取った!
所望していたそれらの品々とは、
今万博の目玉展示物の一つであるマンモスの牙の本物を使って作られたグッズたち!
もう会議そっちのけで大興奮だ。
本物の牙のかけらをくっつけたシリアルナンバー入りの証明書というか鑑定書のようなもの、
牙の形をそのままかたどったストラップ、
同じく牙のかけらがぶら下がったネック・チョーカーの3点を直に受け取り、
同時にお願いしていたマンモスの置物は品切れだったため、
後日郵送してもらう手はずになっているのだ!

マンモスの牙付き証明書 真ん中あたりにチョコンと付いているのが牙のかけら
これが本物のマンモスの牙の付いた
鑑定書である!

かなり嬉しいのだ!
妻は冷ややかなのだ。



2005年3月21日(月)
「貴重な休日はあっという間に終わってしまった」


一昨日から少し予兆はあったんだけど、昨朝起きたらノドがものすごく痛い!
ついに風邪か!? はたまた花粉症の鼻づまりのため寝ている時に口で呼吸してるからかな?

貴重な休日だった昨日、今日は映画『オペラ座の怪人』を観に行く。
総体的に、かなり満足した。
純粋に素直に楽しむことができた。

舞台上演の方は、2002年、劇団四季のやつを京都劇場の柿落し公演で観ているが、
その時の劇冒頭での、それまでのミュージカルにおける舞台装置の常識を打ち破ったとも言える
空飛ぶシャンデリアにも相当ド肝を抜かれたけれど、このたびの映画のオープニング、
シャンデリアに生命の灯が甦り、オークションのシーンから過去へと遡る場面の演出は、
そこで唐突に一気に盛り上がるテーマ・メロディと相まってもう、最高にかっこよかった。
感動という言葉がしっくりくる。

1919年を大枠の舞台とした設定など、原作に少しだけ肉を盛り付けられたストーリーの骨子も、
舞台上演での名場面である地下水路を船でゆくシーンやマスカレードでの演出も、
ダイナミックで重厚で精緻な美術セットも、各キャストの歌唱と演技、存在感も、
どれもこれもが本当に素晴らしかった。
映画を観る前だったらまさかという事態かも知れないけど、
エンディングでは少なくない観賞者たちが泣いていた、
という光景も実に素直に受け入れられる見事な演出。

ただ個人的な感覚では、ちょっとだけ歌の占めるウェイトが大きかったかな…、という感想も。
もう少しセリフ回し中心なのかな、と思っていただけに。

極めて魅力的でしかも余人に知られたオリジナル、
原作を持った上で制作された映画というものはしばしば痛烈な批判の的に晒され、
そして実際にオリジナルを超える、
そこまでいかなくとも匹敵するだけのクオリティを備えている作品は存外少ないものだが、
この『オペラ座の怪人』はそれに当てはまる稀有な傑作の一つと言えるのではないだろうか。
いわゆるハリウッド映画を始め、莫大な予算をつぎ込んだ現代映画は時折
その最新鋭のVFXやCG技術などを間違った方向に使っているのじゃないかな?
とボクたちは思ったりするんだけど、
この映画はその技術的な可能性と拡散しうる世界観を極めて真っ当に、純粋に作品の力を、
生命の鼓動を強化する方向に特化して使用していたのだなあ、と観賞後に強く感じた。
こうした正常進化の形態ならば、いくつものクロスオーヴァー、
文字通りのマルチメディアをもっと観たく、感じたくなる。

その足で晩ご飯を食べに。
昨夜は夙川駅西の蕎麦会席「馳走 侘助」へ。
飯蛸と春野菜のサラダ、季節野菜の天麩羅、鴨つくね焼き、茄子の田舎煮、
白子のコロッケといった一品料理と、蕎麦はボクがとろろ、妻は鴨南蛮を食す。

もちろんご多分に漏れずどれもこれも美味なんだけど、中でも驚きの美味さが白子のコロッケ。
アツアツ揚げたてのポテトコロッケの中にとろりとした白子がそのまま閉じ込められている。
アイディアもさることながら、コロッケそのものも最高。
すべての品々に言及していたらとんでもないことになるので割愛するけれど、
とにかく美味かった。

楽しみなスポーツも週末はいろいろと。
松井秀喜は2打席連続ホームラン、石井一久はメッツ移籍確実、
今シーズン大きくレギュレーションが変わったF1は、
第2戦のマレーシアGPでついにトヨタが初表彰台ですか。
いやはや。

夜に家で観た『情熱大陸』と『世界遺産』も相変わらず、よかった。
前者は直木賞をこのたび受賞した角田光代、
後者はベリーズのバリア・リーフ保護区 後編を先週の前編に引き続き。

それにしたってもうどうにもこうにも花粉症だけは!
目がかゆくてかゆくて仕方がない。



2005年3月20日(日)
「やっぱり花粉症め! (本文と少しだけ関係あります)」


昨日も昨日とて朝から出勤。
たまにはちくっとゆっくり眠りたいもの。
最近会う人の多くに「顔が真っ白だよ」と言われる。
まあもともと真っ白なんですけど。

会社に行くと普段は土日休みの派遣社員の女の子たちがワサワサといる、いた。
昨朝の生放送の番組にゲストで来ていた宮沢りえさん一目見たさに、
希望者たちがツアーを組んでやって来ていたらしい。
早朝から誠にご苦労なこと。
でも家に帰って妻にそのことを言ったら、私も行きたいかも、めちゃめちゃ綺麗そう、って。
一旦は芸能界から消えてしまうかと思われた宮沢りえさんだけど、
確かに最近は見事なほどの目覚ましい復活ぶり。
このまま大女優になっちゃうかも。

夜、『K-1 GP アジア・トーナメント』を観たんだけど、曙太郎にはまったくガックリだ。
あのザマでは老体に鞭打って復帰のリングに上がった角田信朗の心意気が、
気持ちが何ともやり切れなさ過ぎる。
もうここらが潮時じゃあないですか。

決勝戦のチェ・ホンマン vs ガオグライ・ゲーンノラシンはもう紛うことなき名勝負、
本当に楽しませてもらった!
218センチ、162キロのチェと、180センチ、80キロのガオグライが戦うってマンガじゃないか!
改めてガオグライのスピード、テクニック、スタミナ、勝負度胸、そして何よりも、
どんなデカいヤツにも心で負けないという気の強さに感服。
チェ・ホンマンもさすがシルムの横綱、
あの巨人ぶりにあれだけのスタミナが備わっているだけで
もはやデヴィル・リヴァース並みに無敵である。
いやあ、素晴らしい試合だった。

週末はスポーツが目白押し、「世界フィギュア選手権」もミキティのおかげ? か、
ゴールデンタイムに放送の陽の目。
どんなスポーツにも当てはまることなのかも知れないけれど、
たとえばすごい記録やプレイが生まれたとして、
これを超えることはあと100年はないんじゃないか…! と誰もが思ったとしても、
えてして長くても数年の後にはきっちりとそれを超える人やパフォーマンスが出現するもの。
今回のフィギュア・スケートなんかを見ていても、
ジャンプにしたってステップにしたってダンスにしたって、
たとえば伊藤みどりの時代なんかには神業と思われていたようなレヴェルの技が
現在ではもはや半ば常識となっているんじゃないか…、みたいなことを感じたのであった。

にしても寝不足、疲労もさることながら巷の情報通り、
この花粉症の酷い症状だけはまったく何とかしてほしいよ!
電車に乗っていてもクシャミと鼻水が止まらない。



2005年3月19日(土)
「後ろ髪」


さっき家に帰ろうと会社の通用口を出たところで、ノラネコの親仔に出くわした。
母ネコとニーニー鳴く3匹の仔ネコ。

逃げ出すんだろうなと思っていたけど意に反して、
愛想良く鳴きながら足元にまとわりついてくるではないか、4匹とも。
ノドのあたりを撫でてやると喜んでいる。

非常に弱い、こういうシチュエーションには。

しかしもうタクシーは目の前でドアを開けて待っている。
ボクも残念ながらもう大人なので(?)、後ろ髪を引かれながらもタクシーにスッと乗り込んだ。
4匹の親仔ネコはやっぱりボクの後をついてきていて、
どうかすれば一緒に車に乗り込むかのような勢いだった。

ボクはかつて大学生の頃、
一人暮らしにもかかわらず5匹の親仔ネコを部屋で飼っていたという経験がある。
その始まりも、今日と同じような道端での出遭いだったわけで。
否応なしにその時のことが想い出されて、なんだかノスタルジックな気分。

せいぜいあの4匹の親仔ノラネコたちが元気に楽しく長生きしてくれるよう、
祈るぐらいしかボクにできることはない。



2005年3月14日(月)
「花粉症め! (本文とは関係ありません)」


なんと昨日、日曜日、西宮には豪雪が舞った。
先ほどスポーツニュースを観ていたら、甲子園球場で行われていたオープン戦、
阪神vs巨人も降雪により一時中断したほどらしい。
3月も半ばというのに。

求めるものありてホームセンターを3軒ほど行脚してみたんだけど結局お目当ての品はなく、
その代わりに大量の生活用品を買い込んだ(いや、予定通りなんだけど)。

その足で甲陽園にある名洋菓子店「ツマガリ」へ足を伸ばす。
なななんと本日は3月14日、いわゆるホワイトデーというヤツなので、
1ヶ月前のお返しを買い求めるべく。

混雑するツマガリの店先
決して広くない店内は
いつもお客さんでごった返している「ツマガリ」

例によって大繁盛、ごった返す中何とか駐車場に車を潜り込ませて店内へ。
お返しに充てた焼き菓子詰め合わせをいくつかと、うちで食べる用の生ケーキを買って一旦帰宅、
冷蔵庫に放り込んで、またすぐに出発、晩飯を喰いに行く。

昨晩は阪急芦屋川駅の西にあるおでんの店「楽ぜん」へ。
『こんなところに…』と思うような路地の奥、プレハブ村にある小さなお店だが、
その素材の良さや味は折り紙付き、ここもまさに名店と呼んで何ら差し支えない隠れ家的存在。

たまご、新たまねぎ、えび天、すじ肉、たこ、三浦大根、ちくわ、ぎょうざ、
ロールキャベツ、ウインナーなどなどと、注文してから土鍋で炊き上げる銀しゃりを食す。

中でも特筆すべきはまずは三浦大根。
三浦半島の名産であるというそれは、一本まるまるも昨晩は見せてもらったが、とにかくデカく太い。
豪快に輪切りにして煮込まれ、美味い出汁が芯まで充分に染みた絶品であった。

そして、たまご。
おでんダネのたまごといえば、けっこう中の黄身まで固くなっているものを想像しがちだけれども、
このたまごはそうじゃなくって箸でつかんだ瞬間にまず「やらかっ!」と思う。
そしてかじってみると中の白身も黄身も見事な半熟状態でありながら、
隅々まで出汁の味が染み込んでいる!
妻などは店主にどうやって作っているのかと思わず訊いてしまったぐらい。
無論産地・生産者も限定など、素材そのものにもこだわっているから、
そりゃもう美味いのなんのって。

家に帰って、夜のデザートはツマガリのショートケーキとシュークリーム、
そして昨日はプルーンパイというものも買ってみた。
いつ何時、何度食べてもやっぱり美味いものは美味い。

週に一日ぐらいはこんな日がないとなあ。



2005年3月12日(土)
「やっぱり黒人にコートは似合わない」


ここ数日の大阪はとみに暖かく、
数週間前に購入したtomorrowlandのスプリングコートを昨日やっと下ろして着て行くことができた。
わーい。

会社に行くと、きちんと紺のスーツを着込み、
さらにその上から厚手のコートを羽織った一人の黒人男性が
プレヴュー・ブースのモニター前にたたずんでいるではないか。
先日、ボクの隣のデスクに座っている先輩ディレクターが
期末特番のロケでケニアに行っていたんだが、果たして、
たたずんでいた黒人男性はその番組の編集準備時の通訳として雇われたケニア人であった。
海外ロケに行った場合、帰ってきて素材をプレヴューする時に、
言葉の齟齬を来たさないよう通訳についてもらうケースがしばしばある。

実はボクたち夫妻は、2003年1月、新婚旅行でケニアに赴いている
このたびのロケでも、首都ナイロビにマサイ・マラ国立保護区といった取材地が、
ボクたちがかつて行った先とかぶっていたりすることもあって、
その先輩ディレクターとは取材前後にいろいろと話が盛り上がったりもした。

んなこともあって、昨日会社で発見したケニア人の後ろ姿にボクはテンションが上がってしまい、
「いやあどうもどうも! こんにちは!」と思わず話し掛けていった。

ケヴィン某というそのケニア人は現在東京在住、
この仕事のためにわざわざ大阪まで出張ってきたとのこと。
また、ボクらが新婚旅行の時に泊まったマサイ・マラのロッジに知り合いがいるらしく、
そしてその知り合いはボクもよく覚えている人だったりして、
無論まったくの初対面にもかかわらずまるで
「おおぉ、久しぶりだなぁ」といった空気感を醸し出しつつしばし話に花が咲いたのであった。

最後は名刺を渡し、「また大阪に来たら連絡を!」と言って別れた。
さて、気長に待つか。



2005年3月7日(月)
「確定申告初体験」


税務署というところに生まれて初めて行ってきたよ、今日。

何ゆえサラリーマンなのに確定申告なのかといえば、めでたく年収2000万円突破!!!
…なんてことを全世界に向けて叫ぶことができたらいいんだが、
残念ながらそんなたわごとのような話があるはずはなく、
実は昨年マンションを購入して住宅ローンを組んだので、その旨申告しに行ってきたのだ。
毎年末時点での借入残高の1%が返ってくるんだってね、こりゃでかい。

まあ行ってみれば何てことはない、
係の職員に教授されるままにセコセコと住所・氏名などを書きながら、
あとは彼が何やらこんまい数字を申告書やら茶封筒やらに
ビャーっと書きしたためているのをポケーっと見ているだけ。
人生初の確定申告は無事に済んだはずだ、多分。

ただ順番が回ってくるまでたっぷり1時間以上、待ち時間にはウンザリしたけども。



2005年3月6日(日)
「草野球 2005年初戦 また負けた…」


何と何と普段なら眠りに就く頃である5時前に起き出し、
6:30の新幹線に乗って往き、帰りは最終ののぞみにギリギリ間に合ったという、
長い長い東京日帰り出張であった昨日の翌日に当たる今日は、
9人しかメンバーが揃っていないので絶対に休めないという、
恐ろしい草野球の試合に行ってきたのだ。
今年初戦がしかも公式試合、
ここのところ公式戦では1回戦敗退が続いているので今度こそ何とかしなくては…、
という気持ちを全員が胸に抱いて臨んだ試合であったが、1−4でものの見事に完敗。

気になるボクの個人成績はというと、3打数0安打2三振という惨憺たる結果!
言い訳をさせてもらうと、相手のピッチャーがえれーよかったんだなあ。
サウスポーの本格派でカーブがすごく良かった。
あんなカーブ打てるかい! 素人が。
開き直ったった。

今日は3塁側 我が京橋フィッシュのベンチ

守備の見せ場もスライディングをする機会もなかったから
ユニフォームもスパイクもきれいなもんでしたわい。

一旦帰宅して一息ついてから、
友達の結婚式に出席がてら横浜に昨日から赴いていた妻を迎えに新大阪駅へ。
無事合流してそのまま新大阪駅でカレー喰って帰る。

ちょっと疲れた。



2005年3月2日(水)
「テレビマンのボヤキ 再び」


先週放送された、自分の担当している番組が高視聴率を記録、素直に喜んだ。
それはただ単に結果として出た数字が思いのほか良かったからつい喜んだ、というわけでもなく、
その制作過程についてもある程度の手応えと満足感を抱いていたからではある。

だけど。

スポンサーからの広告収入でメシを喰っている民放にとって、番組とはこれすなわち商品。
家電メーカーにとってのテレビや洗濯機、
アパレルメーカーにとっての洋服と存在意義としては大差ない。
だから“売れる”商品を作らなくては喰ってはいけない。
ここで、じゃあ何をもってして“売れる”・“売れない”を判断するのかと訊かれたならば、
それはもう“視聴率”という唯一のものさしでしか計ることができない、と答えざるをえない。
そしてこの答えは、
もちろん正論ではあるしこれ以外の尺度などありようがないというのは充分分かってはいるんだけど、
我々制作者にとっては常にジレンマの種となりうる。

ワイドショー的なあさましい手法に頼ったり、
金品で視聴者を煽るような下品な番組を作ってまで数字を取ることが云々などといった、
きれいごとを別に今ここで語るつもりはない。
ただ、以下のようなことをイメージしてみると、
唯一の判断基準である視聴率というものがいかに危ういものかということに、
いつも気付かされるのである。

「A」という、視聴率が20%の番組があるとする。
その内訳を見てみると、
  5%…まあまあ好き
 15%…何となく観ている
  (以上視聴者)
 80%…好きでも嫌いでもないから観ていない

対して、視聴率が10%の「B」という番組がある。
同様に内訳は、
 10%…大好きで熱心に観ている
  (以上視聴者)
 40%…好きでも嫌いでもないから観ていない
 50%…まったく興味がない

この場合どちらが“良い番組”と言えるのだろう。
人それぞれの主観ももちろんある話なので一概には断言できないが、
ボク個人としては「B」の方が恐らく良質の番組なのだろうと思うし、
また作ることができるならばそれは「B」の方でありたい、と考える。

だけど、スポンサーがお金を出すのは間違いなく「A」の番組。
“視聴率”という悪魔の数字には、全体の何%が観ていたかという記録は出るけれど、
観ていた人たちの“満足度合”といった抽象的な結果はもちろん表れようがない。
CMを流して宣伝費を払う企業にとっては、
ぼんやりであろうが喰い入るようにであろうがそんなものは関係なく、
ただ絶対数にして多くの眼球が観ている番組に出稿せざるをえなくなるのは、
至極自然な流れなのである。
最近では各局とも、特定番組に関してモニターを選出して依頼、
その一人一人の感想や意見などをヒアリングする、
という仕組みも設けてはいるが、いかんせん回数、人数、番組数などなど、
すべての面においてまだまだ残念ながら“実用的”といえるだけのデータは集まってこないのが現状であり、
逆に言うとスポンサーは“視聴率”以外の判断基準に拠りたくてもそれがないのである。

そして今の(今に限らないのかも知れないが)放送局、
殊のほか民放が目指しているのはこれまた残念ながら、
すべからく「A」の番組作り、ということになる。
無論個人レヴェルではみんながみんなその方向を向いているわけじゃない。
こうしてボクが感じているようなジレンマ、軋轢を感じているテレビマンは少なくない、
どころか感じている人の方が多いぐらいだと思う。
でも、繰り返すが、この市場経済の世の中で生き残っていかなくてはいけない、
生き残って従業員とその家族を路頭に迷わすことのないように、
あまつさえさらなる成長すら視野に入れている企業の立場になると、
それはもう単なる絵空事になってしまうのである。
その原理は公共の電波を使っている免許事業主たる放送局にもあまねく力及ぶ。

たとえば、画家や陶芸家。
彼らのクリエイティヴィティによって描かれた、作られたものは、
ひょっとしたら100人中3人しか気に入らないかも知れない。
97人は「かっこ悪い」と言うかも知れない。
でも3人が「素晴らしい」と言えばそれは充分に芸術作品と呼ぶに値するものであり、
製作者が純粋に自らの創作意欲のみに従ってものを作っているとするならば、
彼らは紛うことなきアーティストである。
そして何よりも、然るべき時と場所さえ与えられれば、
彼らの作品を愛でる顧客の喜ぶ顔を直に見ることができるだろうし、
誉めそやす声を直接聞く機会を得ることもできるだろう。
もちろんここに挙げたのは極端な事例なので、
本当に生活をしていくためには売らんがための製作も必要であるということは現実としてはあると思う。
反発を感じられた方には平にご容赦をお願いしたい。

対して、前述の様々な理由により、テレビ制作者はクリエイターではあるけれども、
アーティストではない、当たり前のことながら。
視聴率10%だけどその視聴者全員が拍手喝采を浴びせたくなる番組よりも、
たとえすべての視聴者が何となく観ているだけであっても
視聴率20%を記録する番組を作らなければならない我々制作者は、
断じてアーティストにはなりえない。

さらに、自らが産み落とし世に送り出した我が子に等しい番組が
客観的にはどのような評価を受けているのか、ということは、
直接リアルタイムでオーディエンスからの声を聞くことはできないし、
画面を見ながら視聴者が笑う顔も、あるいは眉をひそめる表情も、見ること能わない。
結局、“視聴率”という、
真実ともまやかしとも言い切れぬようなものさしによって計量されるほか道はないのである。


先日、TBS系列で放送していた「氷のゆりかご 知床」(制作:HBC 北海道放送)
というドキュメンタリー番組を視聴した。
大変面白かった。
我を失って引き込まれたぐらい。
正式なタイトルは失念したが、1〜2ヶ月ほど前にCX系で放送された、
作家 椎名誠が南米のラプラタ河を源流まで遡っていく過程を追った番組も
テーマが興味深かったのでボクは最初から最後まで視聴したけれども、
言葉は若干悪いが、椎名誠というレポーターに頼っていた感もなくもない。
言い換えれば、恐らく椎名誠でなければ番組の魅力は半減していたのではないか、
とも邪推されるようなその番組と比べて、「氷のゆりかご 知床」は、
一応レポーターとして作家 立松和平が起用されてはいたものの、
その露出、番組内における役割は必要最低限であり、
極論すればレポーターがいなくても充分に成立する
完成度の高いネイチャー・ドキュメンタリーに仕上がっていた。
また取材に掛けていた日数(そして間違いなく経費も)も、
民放としては破格、莫大なものであった。
付け加えておくと、視聴率は決して高くはなく、
あの規模の特番としては結果的には“失敗”と謗られかねない数字だった。

「世界ウルルン滞在記」、「情熱大陸」(制作:MBS 毎日放送)、「世界遺産」、
少し前なら「神々の詩」など、TBS系列はこのようなある種NHKに近いとも形容できる、
収益を度外視した(少なくとも外からはそう見える)
手間暇金の掛かるネイチャー系の番組を惜しまず作る風潮があるように見受けられる。
ヴァラエティこそ至上なりと考えているCX系列とは意識的に一線を画する路線。
腐った箇所ばかりがことさらクローズ・アップされがちだが、
稀少ではあってもこうした番組が地上波に存在する限り、
日本のマス・メディアもまんざら捨てたもんじゃない、とボクは思う。





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