海洋空間編集長雑記



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2004年12月分




2004年12月31日(金)
「大晦日の未明に記す」


例によって仕事が立て込んでいるボクを放っぽり出して
両親や兄夫妻とともに箱根温泉旅行なんぞに妻がうつつを抜かしている中、
ようやく正月3日放送予定の2時間特番を完成させ、帰宅したのが今日のAM1:30。
お陰ですっかりサイトの更新も滞ってしまった次第。
これで新年も3日から出勤、
6日にはもうレギュラー番組の生放送を迎えなきゃいけないってんだからもう。
まあ仕事があるうちが華だと肝に銘じてクールにこなしていけたらいいなあ。
せめてもの救いは今回の特番のクオリティーが納得いくものに仕上がったこと。
お世話になったたくさんの方々には本当に感謝したい。

ここにきて大きなニュースがいくつか飛び込んできた慌しい年の瀬だったが
(特に奈良の事件では今頃うちの報道関係部署は大騒ぎであろう)、
どうあがいても明日から2005年。

皆様、良いお年を。



2004年12月22日(水)
「さらにビックリニュース」


そんなことを言っていたら何とV.カーターがネッツに移籍しているじゃないか。
うーん、オレ遅れてる。



2004年12月21日(火)
「田臥、無念」


ここのところ多忙につきプライヴェートな話題がなくてすこぶる残念。
特番の収録の方はおととい無事に(か?)済んだ。
まあこっからも同等以上に大変なんだけど…。

そんなこんなで最近は浮世の出来事からもとんとご無沙汰してしまっていたのだが、
驚いたことにそのスキに田臥勇太がカットされているじゃないか。
これも大方のシナリオ通りかい?
National Basketball Association さんよ。



2004年12月18日(土)
「弱音」


レギュラー番組に加えて正月特番を抱え、大変なことになっている。
頭では頑張ろう頑張ろう、と思っていても体はすこぶる正直なもので、
風邪に捕まってしまい体調は激悪、神経が昂っているのかプレッシャーに追いかけられているのか、
ボクとしてはとても珍しいことだが、
ここのところ眠りは浅く夜中にちょっとしたことで目を覚ましてしまうこともしばしばあり、
また悪夢の部類に属する夢を見てしまうことも多々。
内臓の調子もよくなく、食欲もイマイチ湧かないここ数日。
体だけならまだしも、
精神的にも極めて不安定な状態にあるということが
昨日起きた2つの出来事によっていやというほど自覚された。
自分の狭量ぶりが不甲斐ない。



2004年12月13日(月)
「公式戦初戦またも敗退の晩にユカリンの友達がやってくる」


昨日は長い一日だった。

まずは10:30プレイボール、草野球の公式試合に参加。
5日に今シーズン最終戦を終えたチームとは別のチームの今年最後の試合である。
これに備えて前の晩は0時には床に入り万全を期したはずだったんだが、
うっかり寝床で天才・貫井徳郎の本を手に取ったのが大いなる過ちであった。
結局3時間ぐらいしか寝られなかった…。

ボクは2番手投手としてロングリリーフ、投げる方はまずまずの調子だったけど、
相変わらずバッティングは振るわず3の0…。
試合も負けてしまった、ガックシ。
でも楽しかったな。

夕方からは妻・ユカリンの会社の友達が女性ばかり、
総勢5名が我が家に来訪、鍋を2つ囲んでの宴が開かれる。
午前中あれだけ気持ちよく晴れていたのがウソみたいに夕刻から急に天候が崩れ出し、
駅までピストン輸送で迎えに行くなど少しバタついた。

カニにカモにワインに焼酎にツマガリのケーキまで、
皆さん食事もおしゃべりも非常に楽しんでくれていたご様子。
お友達の年齢層は22歳〜32歳、独身の子も主婦の子もいたけど
皆がそれぞれの個性をいかんなく発揮しつつ飲んで喰っての大騒ぎ、
やっぱり女の子の方が元気だ。
みんな本当に気のよい子たちで、
またボクにとっては家の外での妻の顔も垣間見えたような気がして、
何だかとても楽しかった。

ユカリンの友達が来訪
ケーキを貪る女たち、の図



2004年12月11日(土)
「昨日は少し早めの豪華忘年会 今日は最高のイタリアンを賞味」


仕事が忙しくなってくるにつれてサイト更新のペースも早まるという怪奇現象。

昨日は番組のプロデューサー、ディレクター陣と
MCを担当するアナウンサーとともに少し早い忘年会。
場所は北新地、その昔読売ジャイアンツに所属していた
元プロ野球選手のオヤジが主を務める割烹店「満太郎」。
序盤はてっさ、皮の和え物、唐揚、塩焼きのフグづくし、間にマツタケのダイナミックな天ぷらを挟み、
最後は極上近江牛のすき焼きという超豪華コースに、お腹も見苦しいほどに出っ張った。
会社の金で喰う飯はまた一段とうまい。

そして本日の晩は自分の金で(当たり前だ)
夙川駅前にあるイタリアンの名店「アルテ・シンポジオ」へ妻と2人で。
この店はスタンダードな食材はもちろんのこと、
あまり日本人には馴染みのないジビエを美味しく食べさせてくれる店としても名が通っている。

今日は野菜サラダ(ドレッシング類を好まないボクがとても美味いと感じるドレッシングが秀逸)、
牛テールの温かいテリーヌ(テールがグズグズになるまで煮込まれている)、
紋ガニとエンドウのスパゲティ(カニのソースが最高)、
穴ウサギの窯焼き(野生らしく身は程よく固く、肉の熟成具合もいいカンジだった)、
仔鹿のポルペット(ミンチにしてハンバーグ状に焼いたもの 野趣たっぷり)などを食べる。

若き主、荻堂シェフからジビエやイタリアにまつわるいろいろな豆知識や裏話を聞かせてもらい、
特に妻などはとても楽しませてもらっていた。



2004年12月10日(金)
「誕生日 エピローグ」


ボクは毎週木曜の昼、生放送の番組を担当しているので、
水曜日はいつも会社に泊まり込んでの作業となる。
おととい、8日の水曜日の晩のこと。
いつものように狭苦しいスタッフルームにこもって「う〜〜〜」とか言いながら仕事をしていたら、
突然部屋の電気が消えた。
何じゃ停電か、ブレイカーでも落ちたんか、と一瞬ポカンとなったが、
ボクの使っているパソコンの電源は消えていない。
「ん?ん?ん?」と暗い部屋の中で不思議に思っていると、
スタッフの女の子がロウソクを立てたバースデイケーキを手に部屋に入ってきて、
その場に居合わせた皆が『ハッピ・バースデイ〜♪』と歌ってくれたのには心底驚いた。
『マリリンに逢いたい』を観た時の次ぐらいに感動した(ちょっとウソ)。
だけど本当に感動したよ。
どうもありがとう!

スタッフのみんな、ありがとう

『人が優し過ぎる』 by 20歳の牛頭大王



2004年12月7日(火)
「誕生日…」


今日は残念ながらボクの31歳の誕生日である。
ユカリンがプレゼントとしてボクが好んでいるAVIREXのカッチョイイブルゾンをくれた。
さすが我が妻、やるなあ。

AVIREXのギフト・ボックス

午後、会社を抜け出して免許証の更新をしに、伊丹の運転免許試験場まで行ってきた。
思ったよりかなり小さな試験場でやや驚き。
ちなみに窓口で、さも更新手数料とセットであるかのように
交通安全協会の会費も合わせて請求され、
実際にほぼすべての人たちが盲目的に支払ってしまっているようだが、
これについては任意なのでまったく払う必要なし。
もちろんボクが払わなくてよい、と言っているのは“任意だから”などという刹那的な理由ではなく、
各地の交通安全協会という団体が実質何の役にも立っていないどころか単なる税金泥棒穀潰し、
警察OBの天下り先以外の何ものでもないからだ。
警察に限らず至るところで公金がバカバカしい理由のために浪費され、
その上さらに定率減税を廃止しようなどというふざけた日本のお上に無駄金を払ってはいけませんよ、
皆さん。
今日もキッパリ「払いません」と言ってやったわ。

夜は「ツマガリ」のバースデイケーキが待っているということをさっき冷蔵庫を覗いて知ってしまった。
ぬほほ。



2004年12月6日(月)
「オーランドとヒューストンの明暗」


昨季あれだけ負け続けたオーランド・マジックが12月5日現在、何と11勝5敗でディヴィジョン首位!
素晴らしい。
何といってもやっぱり貴公子 グラント・ヒルの完全復活(少なくともこれまでのところ)が
我々オールド・ファンにとっては涙が出るほど嬉しいところ。
トレード当初は若干ふてくされていたスティーヴ・フランシスも頑張っているけど、
彼の復調なくして今のオーランドの位置は絶対になかったわけで、
今度ばかりは信じてもいいんだな?

対していただけないのがそのオーランドからヒューストン・ロケッツに移籍した
トレイシー・マグレィディじゃないか。
アジアが誇る大巨人、ヤオ・ミンとの強力デュオ誕生だと、下馬評はものすごいものがあったし、
ボク自身も現時点でもかつてのシャック&コービとまではいかないまでも、
それに近い活躍はしてくれるものと思っていたから。
チームは今のところ7勝11敗と負け越し。
T-Macはオーランドにいた時、『チームが弱い、トレードしてくれ』とゴネまくった上での移籍だったし、
またその前に所属していたトロント・ラプターズを出る時のイメージも決してよろしくない。
ヴィンス・カーターともども、文句言い従兄弟たちだな、ホント。
このままでは2人ともフランチャイズ・ビルダーどころか、
チームを勝ちに導くことができないセルフィッシュなプレイヤー、
というレッテルが貼られてしまうことも大いにありうるのではないか、スタッツは別にして。
好きな選手だし(スーパープレイヤー列伝参照)、能力はあるんだからお願いしますよ。



2004年12月5日(日)
「ペイサーズとK-1とレブロンと草野球とアルファの塗装」


過日の前代未聞の乱闘劇で
主力選手の大半を失ってしまったインディアナとサクラメントの試合を昨日、
リーグパスでやっていたので観た。
試合を通してインディアナは圧倒されっ放し、案の定の大敗であった。
F.ジョーンズやA.クロージュアらが頑張ってはいるが、やはりヤツらの穴はあまりにも大きく、
J.エドワーズなんかには荷が重すぎるのだな。
これがほんの2週間前まで、
今シーズン、東の優勝候補筆頭と言われていたチームかと思いながら観ていると、
何だか物哀しい気分になるのだった。
ただ、この試合のC.ウェバーの、
一番凄かった頃を思わせるような素晴らしい活躍は非常に喜ばしい光景。
この試合ではインサイドにもガンガン入っていってさすがのプレイを連発していて、
昔を知るファンとしては嬉しい限り。
ヒザの調子も今はかなりいいのだろうか。
老け込むには早過ぎる年齢、まだまだ期待しとります。

そして夜は『2004 K-1 GP 決勝』を視聴。
何といっても初っ端ド肝を抜かれたのがガオグライ・ゲーンノラシン!
わずか79キロ、本来ミドル級の体格でありながらのヘビー参戦。
そして決勝トーナメント1回戦の相手がマイティ・モー、132キロ!
誰もが予想できなかった、ゲーンノラシンのKOに家中絶叫がこだまする。
カウンターでタイミングドンピシャで入ったとはいえ、
50キロ以上重い相手(しかも打たれ強さにおいては世界屈指のサモアン一味)を
蹴り一撃でKOとは!
ムエタイは凄いな、ウララよ。
終わってみて思えば、決勝トーナメント中唯一のKO劇(ピーター・アーツの自滅除く)が
この試合だったのというのも皮肉なもんだ。

決勝戦は組み合わせ、勝敗ともに昨年と同じ結果に終わった。
武蔵は本当によくやっていた。
いささか過剰気味の期待をかけられ、優勝も真剣に狙えると言われ続けたプレッシャーの中、
決勝のレミー・ボンヤスキー戦ではスタミナを消耗しきってしまって
ガードする腕も上がらずに頭でパンチを受け続けた
“カメさん戦法”も感動を誘ったではないか。
それだけに、素人目にも疑問符が浮かんでしまうジャッジの採点には
かなり残念な思いが残ってしまった。
日本発祥、日本で行われているK-1だけど、
せめて決勝トーナメントぐらいは日本人以外のジャッジ
(戦っている2人の選手以外の国籍のジャッジ)の導入を考えてもよいのでは。

またも話は変わるけど、
今放送しているレブロン・ジェイムズが出ているナイキのCFはすごくいい。
中国風のアレンジでアニメやCGもバンバン取り入れ、
ブルース・リーの『死亡遊戯』のパロディっぽい演出のヤツ。
あのヴァージョンの紙媒体用の広告を雑誌で見た時には、
正直今回のヤツはあまりセンスがないなあ、と思っていたんだけど、
映像を観たら抜群に面白かった。
ストーリーの骨子も小ネタも、またその観せ方もサイコー。
刺激になる。
と同時にちょっと落ち込んだりもする。

明けて本日。
およそ2ヶ月ぶりに草野球の試合があった。
昨晩はかなりの荒天、風雨吹きすさんでいたので完璧にないものと決め込んでいたんだが、
朝起きてみたらまさかの快晴、でもグラウンドは水浸しだろうと念のため責任者に電話してみたら、
「やる!」との力強いお言葉。
11時プレイボールだから10時前には出なければ、こんなことならもっと早く寝るんだった。

天気は良かったものの風は引き続き強くて枯葉吹雪舞い散る中久々に5イニングを投げ、
12月とは思えない暑さも手伝ってそれなりに汗をかいた。
途中、野良イヌがグラウンドに乱入、
ピッチャーズマウンドの前やセンターの定位置から動かないというハプニングも。
このチームにとっては今年最終戦、それをサヨナラ勝ちで見事に飾り、結果もよろしかった。

それにしてもアルファ(イタリア車)の塗装は本当に弱い、
ということを今日は身をもって知ることとなった。
車を停めて降りる時に、ほんの少しだけコツン、とドアをガードレールに当ててしまったんだけど、
ものの見事にその部分の塗装がはげていた!
あれぐらいの衝撃でぶつけたぐらいではっきりと目に見えるほど傷ついてしまうなんて、
これまでの経験上まったくありえなかった。
恐るべし、メイド・イン・イタリー。



2004年12月3日(金)
「濱宮郷詞さんという人を知った」


本来こんなことはあんまり外に向けて発表するべき類の話ではないのだが、
ボクが担当している生番組の昨日の放送分は、いつになくスムーズに、
理想の形で、ということは絶対にありえないんだけど、
現実問題、理想にかなり近いレヴェルでこなすことができた、と若干気分がよい。
視聴率はまだ判明していないが、これでついてきていなかったら正直言って少しメゲる。
まあ往々にしてそういう事態はあり過ぎるほどにあるからこればっかりは仕方ないか。

昨日帰ってから家で飯を喰いながら何気なく観ていた「奇跡体験!アンビリバボー」、
その後半部分で、濱宮郷詞さんという障害者にまつわるストーリーが放送されていた。
話自体も極めて感動的、創りも非常に巧みだったのだろう、
箸を数分間止め、口を半開きのまま見入ってしまった。
本当に久々に、いい話に触れた。



2004年12月1日(水)
「『ドラえもん』に関する私見」


アニメ「ドラえもん」の主要声優陣が来春交代ですか。
このニュースに関しては報道直後からさまざまなメディア(相当数の日記サイト含む)で
さまざまな人たちが声明を発表しているので、
もはや私が物申すこともなかろう、と拱手を決め込んでいたんだが、
朋友・牛頭大王から絶妙の誘い水を掛けられたので。
前提として断っておくと、ボクは「ドラえもん」のコミックス全45巻(未完)、
これまで出ている映画版の原作全巻、「藤子・F・不二雄SF短編集」全3巻などを愛蔵している、
結構古くから筋金入りの「ドラえもん」および藤子不二雄(A含む)好きである。

結論から言ってしまうと、ボクの中では故藤本弘氏(藤子・F・不二雄)が死んだ時点で、
「ドラえもん」という作品も作者とともにその生命の灯火を滅してしまっているので、
このたび思うところは特にない。
逆に言うと、原作者がこの世を去った今なお、
テレビアニメの「ドラえもん」が制作・放送されているという事実に、
まさに神も仏も畏れぬ、天に唾棄するに等しい神涜性を長らく見ていた、ということである。

ボクだって最近こそご無沙汰だが、
学生時代まではそれこそ毎週金曜の晩は欠かさずアニメ「ドラえもん」は観ていたし、
のび太がアニメの劇中、
最後に必ず何か失敗を犯してなだれ込むオチのシーンで流れるBGMはギターで練習していたし、
ふむふむ、やっぱりのび太とドロンジョ様の声(小原乃梨子)は同じだのう、
お、たてかべ和也とは「ヤッターマン」でもコンビを組んでいたではないか、
などとほくそえんでいたことは間違いない。
でも、そもそもがボクの中にあるヒエラルキーにおいては、すべての価値基準について、
アニメが原作の漫画を超えるということは絶対にありえないのである。
原作こそがまさに原点であり、頂点なのである。
藤子・F・不二雄が死去し、
コロコロコミックの連載が終わりてんとう虫コミックスの発刊が途絶えたその時に、
すべての「ドラえもん」は以後永久に更新を停止するべきであった、とボクは言いたい。

確かに晩年こそ、しばしば他の者の手によって創作された原作に出典のないストーリーが
アニメ作品として放送されることも多くなり、
また故藤本弘氏がそれらの脚本すべてに目を通して吟味した上でOKを出していたのかどうか、
それは定かではない。
でも、日本国憲法上の天皇制ではないが、「ドラえもん」という作品の象徴として、
故藤本弘氏の存在は必要不可欠であった、とボクは思う。
そもそも生み出した人なのだから当たり前なんだけど。
だからくどいようだけど、そうはならないだろうと漠然と予測はついていたものの、
本来ならばその生みの親たる原作者が亡くなった時点で、
いわば副産物たるアニメ作品も幕を下ろすべきだった、とボクは考えるのである。
これは何も「ドラえもん」に限った話ではなく、
すべての芸術作品について同様の意見を持っている。

プロットを起こし、脚本を執筆し、絵コンテを描き、
セル画を描き、色を付け、撮影し、編集し、音と声をあてる。
その全工程において原作者が何一つ関わっていない、
という段階でそのアニメ作品はすでに原作の漫画とはまったくの別物である。
失礼千万承知の上であえて言わせてもらうと、同人誌と何ら変わらない。
いや、これは言い過ぎたか、ごめんなさい。

聞くところによると故藤本弘氏は生前アニメの「ドラえもん」を観て
大山のぶ代さんの声を聞いた時に、
『ああ、ドラえもんはこんな声でしたね』ととても満足されていたらしい。
来春、キャストが代わっても、
もう原作者はその声を聞くことも感想を漏らすことも能わない。
だからこのたびの声優陣交代のニュースも、
ボクには何だか知らない世界の出来事のように感じられて、
特に何も思うところはないのだろう。

そんなことよりそもそも今の子供たちって「ドラえもん」とか観てるのかな?





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