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第10回
謝肉祭 2003.6.10
羊頭を高々と掲げて
今日の日があることを感謝する。
その扉を血でぬりたてて権勢を誇り
生臭き食事の手で顔を洗う。
見よ!
したり顔の人間どもを
爪先立ちたる猫のおどろ目を
我ら死にたるネズミをその爪でころがして弄ぶ
神の子の末裔なり。
自分のプロフィールを何かに書かなくてはいけないとき、まあ今じゃそんな機会もめっきり減ってきているけど、ソンナトキとりあへず、何の呪縛なのか、私は好きな食べ物と嫌いな食べ物というものをピックアップして書き連ねるという幼稚園児の様な自己紹介をすることにしている。
そしてこれなーんでかと考えたとき、なんやかんや言っても、人間という生き物に関する限り、食べ物に関する態度というものを見たときにその人間の大まかな、というよりはほぼ全人格的な評価というものは決まってしまうような気がするからである、というのが大きなフラメンコである。
例えば、外で飯を食べていて、頼んだ食べ物をきっちり半分づつ残しているという、どこかで聞いたような、あからさまなダイエット女が存在するが、ああいう人間は自己中心の発想から抜け切れないお子様で、その食べ物がどんなところから来て、どのようにしてそこに並んでいるか、というようなことを考える根本的想像力が欠落しているから、食べ物を粗末にして平気な顔をしていられるのである。
そういう奴に限って一日30品目40品目というような数値目標に固執して、人よりたくさん注文しておるのだが、よく見てみるとそのわりにはラーメンに親子丼ぶりというような破天荒な選択をしており、その顔も、いかにも炭水化物でできているというようなバカ顔をしていることが多い。
この事例のような、食べ物というものを基本的に馬鹿にした態度の人間と、空缶を道にポイと捨てれる人間と、タバコを公道で歩きながら吸える人間というのは現代日本における3大殺人予備軍であると私は思っている。
三者いづれにも共通するのは、人間としての思慮と、分別と、常識と、想像力と、思いやりにかけている、つまり無思慮無分別非常識という項目である。
身の回りで起きていることに対して非生物的なまでに無頓着で、これがこうなったらこうなるという論理的な思考を持っていないから、原核生物のような本能的な衝動で生活をしており、人に迷惑かけても気づかない、人がどうなっても気にならない、まあ遠くない将来、殺人でも強盗でもしでかしても、まったく驚かないタイプの人間である。
また、そういう下衆人間の食べ方というのも観察していると、その人の行動、考え方、人格というものが如実に表われており、例えば、灰皿におかれた煙草の煙を周囲に散布しながら、いかにもふてくされた態度で、箸を使う手の反対の手は膝の上、上目遣いにちらちらと周囲を伺いながら食べる奴なんてのを見ていると、その人のイヤシイ性格、主体性のないつまらない人生が浮かび上がってきて、見ているほうもつらくなってくる。
そして、話は戻るけど、好きな食べ物、嫌いな食べ物というのも、その人の人生の細部まで語りつくす可能性を持っているといっても過言ではない。
好きな食べ物は「ラーメン」なんて書かれているプロフィールを見ると、その人の恵まれない家庭環境というものが目に浮かび、私なぞはうっすらとそのまぶたに涙が浮かんでしまうほどである。
この人の家庭は冷たく凍えており、小学4年生になるまで母親の顔を正視することができず、その時生まれて初めて母親の顔を見た、というような環境に育っており、そしてその暮らしの中で、ただ一つの家族の思い出、唯一思い出すのが高架下で食べた冬の日の熱いラーメンだったのである。
しかしこの「好きな食べ物がラーメン」というのにも判断基準の異なるタイプの範疇があり、例えば、「明勝軒の味噌ラーメン」なんて特定している場合には、まあ、その人の浅はかな人生が透けてみえて、「あっそう」という投げやりな昭和近代史的感想に一変する。
この人は明勝軒のラーメンが好きな自分が好きなだけで、ラーメンという食べ物が好きなわけではない。
ややもすると、ほかのラーメンに対する排撃を始めたりして、「ラーメン」という食べ物に対する愛情というものが感じられないようなことがある。
こういうけたたましく細部の好みを叫ぶ人間というのは、実際にはまず、好みというのがあまりなくて、ヒトがうまいと言ってるところのを食べてるだけで、話をしてみるとしょうがとみょうがの味の区別も付かない退屈な人間だったりすることが多い。
実際、自分の好みをがーがーうるさく言う人間て、ほかの人間に好まれてないという例は多い気がするでしょう(そういえばオレ友達少ないな)。
そういう点を踏まえて私の好きな食べ物というのは、30歳現在、ラーメンとうどんとトーフというところなのであろうか。
こう書いてみて、ラーメンはともかく、うどんとトーフというのは迫力に欠ける字面であるな。
その字面にも影響されているのか、味のほうも、よおく味わってみないとその本来の味わいは理解されないという、あまり主張の感じられない、積極性に欠ける煮え切らない態度というものが歯がゆい。
しかし、逆に言うと、うす味でシンプルに食べたとき、その真価と底力は、まるでドラクエの「のろい」のようにじわじわと発揮されてくるというところが私の味覚と価値観に共振してくるものがある。
最近はご無沙汰だけど、高校生の時から、なぜか、四国に縁があり、というか、うどんを食べるためだけに香川県を訪れるということが年中行事になっていて、そこで食べるキ醤油をかけた釜あげのうどんというのは、何杯でも食べれる、麺類の王様の風格がある。
豆腐というのは湯上がりに食べる冷や奴を上とするなら、冬の寒い日に小振りの土鍋で、ほかの食材は一切なし、豆腐だけを昆布だしで熱くして食べる清らかな湯豆腐っちうのが上の上、もうむしゃぶりつきたくなるほどの上品な豆の味で、その食卓の上のすっきりとした構成と対照的な心の千々なる乱れというものは、塩谷の岬に立つ美空ひばりの比ではない。
豆が腐ってできた、というより、豆が我が人格と生活態度を腐れさせていくという、他動詞的な腐らすという意味使いの食品である。
そしてまた、この二つの食品は、ギッタギタに味を付けてしまってもそれはそれでおいしい、という、さきほどの汚れのない素朴な生き方と二律背反しない、先入観のない柔軟な姿勢を持つというのも私の好みの女性である。
うどんの味というより、回りの肉野菜の濃厚な旨味を調味料とともに吸い上げ切ってしまって、そういう味のするただのヒモ、という感じになってしまった、あばずれ的鍋焼きうどんやポンズ焼きうどんも実においしい。
トーフでいうと、かつぶしとネギと醤油で、これでもか!と白いところを徹底的に無くすくらいの、強姦かつ汚辱的冷や奴というものも、実に下品な味わいがたまらなく、私のような人間の海馬の司る根元的欲望を満たしてくれる。
そういう意味では、昔はイヤでイヤで仕方なかった京都大阪のコシの無いうどんというのも、だしをおいしく飲むという文化の中での「具」としてのうどんという感覚では、ごく自然に受け入れられる、そんなやさしい心情に変わってきているというところも、まるで気になる異性に影響されるのを自覚するようなこそばゆさがあってうすら楽しい感じがある。
しかしここまで書いてきてハッとしたのは、好きな食べ物と、これまで生きて来た中で、一番おいしかった食べ物というのはまったくの別ものであるということである。
その違いはまったく三次元感覚的なもので、好きな食べ物が平面的とするなら、記録的においしかった食べ物というのはそのひっそりと続く平原の中に一瞬だけ、刹那的にきらめいては消えていった、高く聳える円錐のような悦びなのである。
そしてその突発的な法悦は、追求や探究の過程、あるいはその果てというようなところには存在せず、いかにも偶然に思いも寄らない方向からまるで時雨のように訪れ、そして去っていく。
今までで一番おいしかった食べ物というのをじっくりと選考したとき、それが普段好きだと思っている食品目の中からではなく、言ってみると、やはり、誰もが認める、ハレの日のご馳走のような食べ物の中から想起されてくる、というのは、ある意味、人間の業というものを感じる。
そしてそれは二度とは戻らない、セピア色の記憶として語り継がれていくというのも、向田邦子的な納得バリューである。
私の場合、まあ、優劣つけがたいが、一番は、淡路島の南端、漁港に面した小さいホテルで食べた、鯛の石焼きというものに落ち着くのであろうな。
その鯛ははじくほど熱された石の上で、酒と昆布とうすじおに包まれて、ほくほくと香ばしくも、色っぽくそこに横たわっていた。
鯛というのは、少し気を抜くと、はらりとその身をほぐしたとき、ぱさぱさの白い肉体をあらわにすることがあり、そのグレードの高い立場上、こちらの期待に反して、なんだなんだ・・という落胆の感を生じさせることがよくあるのだが、その鳴戸の石焼きの鯛は体の隅々まで行き届いたみずみずしさと旨味に溢れかえっており、あの時の幸福感、味覚神経の昂ぶりは、いまだに記憶から消え入ることがない。
二番目はやはり、ウニ丼ぶりということになろうか。
ウニというのは生鮮史上一二を争う傲慢さと繊細さを併せ持つ食品である。
大体、この辺りの寿司屋で食べるウニというのは、なんだか信じられない苦みと臭みをその粒子状の赤黒いプリン体に含ませており、いかにも雲丹という感じの丹塗りの水銀のような嘔吐感覚がある。
あれは寿司屋のおっちゃんに言わせると、ウニというのは輸送、運搬時に、型崩れしやすく、あの粒々が消えてべっちゃり感が強調されてしまうため、その型崩れ防止のために薬剤がふんだんにまき散らされており、そのおかげであれほどの臭気を放っている、とそういうことになっているらしい。
さらに、ウニというのは陸地に揚げて放っておくと自分の身、卵巣を食ってしまうと言われる腔腸生物でであるから、我々の口に入るまでにあんな惨状になってしまうのは道理といえば、道理なのかも知れない。
しかしこれが、海辺の、特に北の海で獲りたての安いウニを食べると、その驚きは自分の母親が実はまったくの他人であったというような驚愕の事実をはるかに超える衝撃感がある。
確かあれは青森県の西方の海岸沿いにあった道の駅だったと思うのだが、そこで食べた1200円くらいのウニ丼というものは、その圧倒的物量と旨さがまるでアメリカ軍のような迫力に満ちており、あのウニの甘みと磯の香りとご飯の白い暖かさのコンビネーションというのは、旅の至福の古時計であったな・・と思い返される。
ウニといえば、あれはたいがいの海岸で採ってはいけない、つまり禁漁の対象になっておるのだが、その昔、北海道を旅していた頃、海岸線に下りていくと、旨そうなバフンウニがそこかしこで肩を寄せあってマンション暮らしをしており、その静かな幸せの3LDKを踏みにじる、簡単に言うと、その身をほじくり返して食べてしまうという毎日の食事はほんと幸せだった、というのは今だから言える背徳の悶えと悪徳の栄えの日々であった。
そのために、ファミレスで奪ってきたラッキーウッドのナイフを常時身に付けていた、という事実は、ある若者がサバイバルナイフをいつも携帯しているという恐怖の事実に通じている気がしてきて、今考えてみると気が滅入る。
そして三番目はというと、今、どっちかなあと迷っているのも自然と思い出し笑いに似た含み笑い(あ、いっしょか?)が浮かんでくる幸福の科学なのだが、福井県で食べた、カレイの唐揚げか、あるいはその夜に食べた、水ガニの焼きガニか、というどっちの料理ショーもびっくりの両天秤状態にある。
そのどちらも、知り合いに無理矢理つれて行かれた福井は小浜だったか、その民宿のような旅館で出てきたのだが、その食材の新鮮さと料理の的確さの残照は、いまだに舌先の感覚として残っている。
それまで、魚は塩焼きに限る!と思い込んでいた私は、そのカレイの唐揚げを食べたとき、人を外見で判断するのは良くないことです、というような、あさっての方向の、錯乱気味の反省までしてしまうほどの価値観の転換を経験したのである。
そしてそこで出てきた、水ガニの焼いたのやら炊いたのやらは、そこの主人が、海が荒れてねえ、とホント気の毒なほど、恐縮していたのが逆に申し訳ない感じだったのだが、つまり、話によれば、水ガニというのは、松葉蟹やらのカニの王様たちを食べに来た人間にはなかなか出せない、言ってみれば、雑魚のようなカニらしいのだが、しかしあなた、その味はズワイだか、コッペだか、タラバだかなんだか知らないが、そんじょそこらの観光おみやげ広場で売ってるカニとは訳が違う、正直な人間が正直に調理したカニさんたちであるから、その旨さといったら、もうぷりぷりのむちむちの旨味は最高でしたなあ。
んで書いてるついでに思い出してしまったのが、根室で食べた、花咲ガニの味噌汁じゃ。
謎の大広間のようなダダ広い座敷の片隅に座って食べた、トドの焼肉定食と花咲ガニの味噌汁は、本当に、しみじみと、うまくて、その味噌汁にはカニの人生が脳漿と一緒くたになって流出し尽くしており、八代亜紀のようでおいしかったなあというのはあまりいいたとえではないが、しかし、あれ以来、そこらの寿司屋で食べる赤だしというものも、なんだか徒花のような、むなしい味の気配を感じてしまう私という人間に、足るを知るという細川さんの教えが閃く夜空である。
まあ、こう思いつくままに書き連ねても、その「好き」と「一番おいしい」との差というものは感じ取ってもらえるとは思うのだが、しかし、今ふと私は最初何を書こうとして書き始めたのだったかな、と思い返して、何だか、趣旨はあまりにズレてきてしまった様であるが、まあ、食べものというのは、これくらい人を熱くさせ、あるいは、人格を腹の外に披瀝してしまうのであるということで、いやはや、これと似た状況というものを今、また、思い出したのであるが、それはカップ焼きそばである。
あれは焼いてないだろーとか、ふやけカップソース麺だろーとか、様々な中傷はあるとは思うが、しかし、私はあのソースの匂いをかいだとき、まさに忘我、全てを忘れて食べ進み、その間にあったことや、何を食べていたのかなどの周囲の状況というものがまったく目に入らなくなるという、野性動物的なスーパーサイヤな精神状態になるのである。
そういう意味では、食べ物の話題を俎上に乗せた時点で私の論旨上の筋道というのは破綻する運命にあったのであろうし、またその安易で安上がりな味覚というのも、最後の最後に露呈してしまったようで面目次第もない。
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