海洋空間B級生活のためのB級名言



第10回 特別対談・憂鬱王子を迎えての記念暗黒茶会   2004.8.11



《今回の名言》

僕は どこへ行ったら いいんだろう
                     〜『KISSxxxx』第4巻



司会:えー、こなさんみんばんわ。
    本日は1992年という時空からやって来た17才の憂鬱王子と、
    現在B級をこよなく愛するC級コピーライターの怪人ファントマさん28才の
    特別対談をお送りしたいと思います。
    まずはお互いに花束の贈呈を…。

憂鬱王子:何見てんだクラァー!

SE(花束でドツキ倒す音)

ファントマ:あー!なんだコイツ!?いきなりキレやがった!ぶっ殺す!

憂鬱王子:やってみろクラァー!!

ファントマ:いってー!ギブ!ギブ!ギブって!

司会:ちょ、ちょっとお2人とも落ち着いて下さいよ!
    今日は特別対談なんですから。
    …ていうか、あんたもう28だろう。
    えー、ま、ま、気を取り直して!
    えー、憂鬱王子は高校2年生ということですが、学校は楽しいですか?

憂鬱王子:最悪だよ、最高につまらねぇ。

ファントマ:なんで?楽しそうじゃん!
       だって毎日毎日女子高生と一緒に勉強したり
       昼休みは渡り廊下でバレーボールなんかして
       甘かったり酸っぱかったりするハイスクールライフじゃん。
       お兄さんはうらやましいけどね。

憂鬱王子:それは卒業して10年経ってるからだろ?
       思い出は美化されていくんだよ。
       あんたみたいな人をビューティフルドリーマーっていうんだよ。
       一生思い出にしがみついてろよ。

ファントマ:こ、こいつ…。
       俺は思い出にばっかりしがみついているわけじゃないよ。
       例えば、山登りをしていて疲れたら時々下を見るだろ?
       山の上から見た町はきれいなんだぜ?

憂鬱王子:僕にはあんまり素敵な思い出なんてないから。
       たぶんこれからもずっとつまらない毎日が続くんだよ。

ファントマ:うわぁ。すごいマイナス思考!
       でも気持ちはわかるけどよ。

憂鬱王子:あんたに分かるわけねーだろが。

ファントマ:痛いほど良く分かるつってんだろーが!

司会:落ち着いて下さいって!
    あんた今年29だろ!?
    では王子は普段のスクールライフといえばどんな感じですか?

憂鬱王子:えっとぉ、毎朝ギリギリまで寝てぇ、40分くらい走って学校行って、
       ちゃんと授業聞くときもあるけど、寝てるか本読んでるか校内をブラブラしてる。

ファントマ:あー、楽しいよね!校内散策。
       出来れば授業中も校内散策したいよね?一人で。

司会:それは授業放棄って言うんです!

憂鬱王子:僕も本当はそうしたいんですよ。
       でも堂々と校則破る勇気なんてないし…。

ファントマ:だよねー。
       アウトロー気取ってても本物のアウトローにはなれないよね。
       俺はアウトローではないけどアウトサイダーだと思うぜ。

司会:確かにファントマさんは社会にあまり適応してないと思いますよ。
    表面上うまく合わせるテクを持ってるだけで。

憂鬱王子:それって猫かぶって生きてるだけじゃないか。

ファントマ:「かぶってる」って言うなぁー!
       「かぶってる」って言葉に俺は敏感なんだよ!
       かぶってるだけに!!

司会:お願いですから!落ち着いて!
    ほら…、Canon 一眼レフ A-1ですよ?
    好きなだけ触ってイイですよ〜!

ファントマ:うっわー!「カメラロボット」だ〜!
       28mm広角レンズだ〜!
       何このダイアル。
       いいな〜!

SE(空シャッターを切る音)

司会:しばらくの間そっとしておいて下さいね。

憂鬱王子:うん、あの人…大丈夫?

司会:ええ、しばらくは安全ですよ。
    ところで王子は普段どんな音楽を聴いてるんですか?

憂鬱王子:日本のゴチックパンクとかメタル…インディーズ系の。

司会:いわゆるビジュアル系インディーズですよね?

憂鬱王子:まぁそうだね。
       でも僕はビジュアル系って言葉はあまり好きじゃないんだ。
       表面だけしか表してないから。
       ああいうメイクはパフォーマンスの中の一つのファクターだし、
       それ以外の歌詞だったり演奏のテクだったりを
       もっと評価されていいと思うんですよね。

司会:なるほど。
    でも君は一般的なミュージシャンとは雰囲気の違うビジュアルを見て
    彼らに興味を持ってるよね?
    王子はどんなバンドが好き?

憂鬱王子:えっとぉ、XとかZi÷Killとか黒夢とかGargoyleとかEins:Vierとか
       Sleep My Dearとか、えーっと、かまいたちとか
       DECAMERONとか黒揚羽とかLaputaとかAIONとか聴きます。

ファントマ:お〜、結構聴いてるんだ!
       マニアだなぁ!

司会:ファントマさんは詳しいんですか?
    ただのパンクバカだと思ってました。

ファントマ:機嫌が悪けりゃ張り倒してるぞテメェ。
       まぁ、おじさんそっち方面詳しいから。

憂鬱王子:ほんとかなぁ。

ファントマ:ホントだって!ちょっとは信じろよ!
       オシベとメシベがぁ〜…。

司会:で、王子はミュージシャンになりたいの?

憂鬱王子:う〜ん、本読んだり音楽聴くのは好きなんだけど、
       本当は自分が何したいのか分からないんだ。

ファントマ:ざっけんなー!(エコー)

SE(バキッ!!)

ファントマ:グフッ…いいカウンター持ってんじゃねーか…。
       ま、まぁ、じっくり時間かけて見付けりゃイイよって言いたかったんだけどね。

憂鬱王子:ああっ、そうなんですか。
       ていうか殴ってごめんなさい。

司会:謝んなくていいよ。
    ホントしょうがねーな、この人。
    では、ここで今日の名言を発表!

    『僕は どこへ行ったら いいんだろう』

    これは楠本まきさんのコミック「KISSxxxx」からなんですが、
    憂鬱王子にぴったりの名言ですねぇ!
    ところでお2人はこの漫画ご存知ですか?

ファントマ:超知ってるよ!
       すげー好き!
       病的なイラストなんだけど出てくるキャラが個性立ってて
       案外チャーミングで青春なの!

憂鬱王子:まじで全然分からねぇ。

司会:では通訳、解説をいたしましょうか。
    このコミックは88年から91年にかけて連載、出版されたもので、
    いわゆる少女コミックです。
    主人公であるロックバンド「ディー・キュセ」のボーカリスト・カノンと、
    その彼女、かめのちゃんを中心としたラブストーリーなんです。
    美しいイラストと不可思議でユラユラとした雰囲気の文体が印象的ですよ。

ファントマ:俺が言ったこと繰り返すなよな!

憂鬱王子:言ってねーじゃん!

ファントマ:ほとんど同じだろが!

司会:まるで違いますよ!

ファントマ:…2万円で僕が言ったことにしておいてください。

司会:王子はこういう話ってどう?
    好きそうなんだけど。

憂鬱王子:うん、好き。
       リアルじゃないけど日常を感じさせるよね。
       絵がすごく綺麗でみんな細いよね。
       こういうラブストーリーって僕は好きだよ。
       でも何にしても先行きって分からないじゃない。
       この漫画ってすごい素敵な終わり方してるみたいけど、
       その後って分からないでしょ?

ファントマ:そうだけど、カノンが就職してサラリーマン姿になるのは嫌だなぁ。
       でもリアルに考えたら身の振り方っていつでも考えないとダメだよな。
       ミュージシャンって結構リスキーな人生だぜ?

司会:そういうあんたも充分リスキーですよ。
    最近の原稿以前に比べて勢いがないって誰かが言ってましたよ?

ファントマ:・・・・・・・・・・・。
       面目ない。

憂鬱王子:うっわ!この人マジで凹んでるよ!
       えー!?人生って真剣に考えないとダメだね!

司会:確かに、ビジュアル系ロッカーは大変みたいですよ?
    黒夢もメイクしなくなるし。

憂鬱王子:まじ!?
       えー!なんで?
       じゃあライブハウスで首吊りパフォーマンスもないの!?

司会:やはりビジュアル系のイメージって強烈ですからね。
    固定されたイメージから脱却を図るバンドは相当いましたよ。

ファントマ:それもつまり言ってみれば身の振り方なんだよ。
       姿形ではなくて「音」を聴いて欲しいという願望もあるんだろうけど、
       「いつまでメイクできるのかな?」っていう焦燥にも似た思いは必ずあるよ。

憂鬱王子:そっか、そうなんだ。

司会:まぁ、話を戻してこの漫画「KISSxxxx」は耽美系だと思うんです。
    耽美って日常ではあまり無いじゃないですか。
    現実離れというか。
    作者の楠本まきさんがかなり耽美な女性なんですが、
    実はこの漫画に登場するキャラクターは未来に対しての不安を
    どこかで持っているんですよ。

ファントマ:ああ、そうだねぇ。
       将来食っていかなきゃならんとか、結婚とか考えているよね。
       かめのちゃんのお父さんにカノンが嫌われてるとかあるねぇ。
       心配事は絶えないねぇ。

憂鬱王子:なんだか将来って考えると辛いね。

ファントマ:んなこたない。
       問題はクリアするためにあるんだよ。
       不安材料があるから人間は成長するし、そこが面白いんだ。

司会:今日初めて、まともなこと発言しましたね?

憂鬱王子:ちょっと見直したよ。

ファントマ:だろ?俺だって将来のこと考えてんだぜ?
       エアコンの効いた快適な部屋で常に最新マック使って原稿書いて
       1行で100万くらい稼いで、そんでもってピザとビールばっかり食べながら
       お気に入りのアニメ見てカメラとガスガン弄ってまったり生活するの!
       どう?こんな俺。

憂鬱王子:…死ね。

ファントマ:そんな連れないこと言うなよ!
       俺はお前で、お前は俺なんだぞ!!

司会:ああっ!

憂鬱王子:ど、どういうこと?

司会:実は…ファントマさんは…憂鬱王子の…11年後です。

憂鬱王子:ウソだー!ウソだと言ってくれよぉ!
       こんな大人になるなんてまっぴらだぁー!
       最低だ!!

ファントマ:そう言うなよ。
       久しぶりに出会えて嬉しかったよ。
       俺もこれからいろいろ頑張ってくからさぁ、お前も頑張れよ。

司会:そうですよ。
    辛いこともあるけど、その分、底抜けに楽しいことだって山ほどあるんですから。

憂鬱王子:うん。
       なるべくファントマさんみたいにならないように頑張っていくよ。
       あ、司会のオジサンはもしかして…。

司会:ええ、お察しの通り、私も怪人ファントマの一部です。
    頭の中というか心の中の冷静な部分が私です。

ファントマ:まぁそういうことだよ。
       入れ物はどんどんデカくして生きな。
       そうしたら色んなもんが入ってきて選択肢だって増えていく。
       選ぶのはてめぇだ。
       どこへだって自由に行ける。

憂鬱王子:今すぐに見付けるのは難しいけど、ブラブラ歩いていくよ。
       そのうちあんたみたいに走っていける。
       目指したところへ、走っていくよ。



司会:いかがだったでしょうか?
    怪人ファントマの過去である憂鬱王子を迎えての暗黒茶会。
    17才の憂鬱王子の進む道の最先端にはファントマがいるという事実。
    ショックだったでしょうねぇ。
    しかし、悩んでいた過去の自分にアドバイスを送りたいのは
    皆さん同じではないでしょうか?
    ただ、後悔の少ないように、好きなように、無理をしないように。
    あまりたいしたアドバイスは出来ないでしょう。
    それでも過去の自分へのアドバイスやエールはそのまま
    現在の自分へのアドバイスになりうるのではないでしょうか。
    それでは皆さん、ごきげんよう。




KISSxxxx 『KISSxxxx』(集英社)
楠本まき

「マーガレット」1988年No.9〜
1991年No.19に連載。
全5巻。





戻る

表紙